わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

先代ベルの納骨が終わりました

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府中の慈恵院

 

 今日は先代ベルの月命日。新盆ということと、そろそろ”けじめの時期”かも知れないねと夫婦で話し合い、納骨をすることになりました。

 

 

 ちょうど7ヶ月前、朝に亡くなったベルの亡骸を抱き、同じ道を走ったのを、窓ガラスを流れる雨のしずくをぼーっと眺めながら思い出していました。ただただ悲しくて、もう明日からどんな風に暮らしていけばいいのか分からず、どうしたら1日も早くベルの元へいけるんだろう?と、そんなことばかりが頭の中をめぐっては消え、めぐっては消えしていたんじゃなかったかと思います。

 

 

 葬儀の前、お寺のスタッフさんから「では、しばらくベルちゃんと最後のお別れをしてください」と通された部屋で、ベルの身体を撫でていると、ほんの微か、ベルが脈打った気がして、それを夫に話すと、夫も「もしかして、まだ生きてるのかな?」と言い出して・・・。あろうことか、私たちは動物病院の先生に電話で事情を話し、「これってまだ生きてるってことですかね?」と真顔で尋ねたのでした。もちろん、ベルは死んでいるし、「目の錯覚」に違いなかったのですが、あの時はとにかく、現実を受け入れることが二人ともできなかったんでしょうね・・・。精神状態が麻痺していたように思います。

 

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 火葬が終わって、小さくなったベルをその日の内にお寺に納骨することもできたのですが、とてもそんな気にはなれず、家に連れて帰ってきました。そしてついこの間まで、一緒にご飯を食べたり、抱っこしたり、話しかけたりして過ごしていました。感覚としては、ベルは姿カタチは変わってしまったけど、今はたまたま「骨」という形をしているだけで、以前と何ら変わっていないと言った風でした。「骨」だけど、大好きな、大好きな、ベルのままでした。そして、わたしの心のよりどころでした。

 

 

 
 ようやく気持ちに変化が訪れたのは、2代目ベルが家に来てからでした。まっすぐに愛情を求めてくる小さなベル。可愛くて、愛しくて、氷のように固まっていた心が、日に日に解けていくのを感じました。ただ、それと同時に、先代のベルになんだか申し訳ないような、わたしだけが、こんな風に癒されたり、幸せを感じていてもいいのかな?という自責感のようなものに時々襲われるようになったのでした。2代目ベルのことは愛おしいけれど、全力で可愛がることにどこか遠慮があるような・・そんな妙な気持ちでした。このままでは、”どちらのベル”に対しても中途半端・・・。その葛藤も、納骨へと背中を押してくれたように思います。

 

 

 諸々を済ませ、自宅に戻ると夫が不思議な話を聴かせてくれました。なんと、お寺に着き、車を停めた時に、骨壺から「ワン」とベルの声がしたと言うのです。実は夫には多少の霊感?のようなものがあるらしく、これまでにも時々おかしなことを言うことがあったのですが、それらは不思議と脈絡があり、裏付けが取れることだったりするので、疑ってはいませんでした。夫曰く、「ベルが”ありがとう!またね!”って言ったんだと思う。」と。嬉しくて思わず泣けてしまいました。

 

 

 正直、納骨ギリギリまで、手放していいのか迷っていました。離れがたくて。ベルがこれで本当に遠くに行ってしまう気がして。だけど、夫の話を聞いて、「ベルにとってもこれで良かったんだな」と思えました。きっとこれで本当の意味でベルは成仏できるのかもしれないな・・と。

 

 

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 自宅に戻ってすぐ、仔犬のベルをたくさん抱きしめました。この子をこれからせいいっぱい愛していこう、守っていこう、一緒に幸せになろうねと、伝えました。

 

 

 

 半夏雨の季節の中、長かった我が家の冬がようやく雪解けを迎えたような心地がしています。
 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき