わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

公認されない悲嘆について

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 死別や喪失による悲嘆については多くの書籍や文献が出て知られるようになってきましたが、「公認されない悲嘆」については、まだまだ理解されていないことも多いように感じます。

 

 「公認されない悲嘆」とは、悲嘆の最初の原因となっている死別や喪失に対する周囲の人の言葉や態度に傷ついたり、悲嘆を表現できない環境に身を置くことで抱えてしまう、言わば二次的な悲嘆を指します。

 

 

 

遺族外来: 大切な人を失っても

遺族外来: 大切な人を失っても

 

 

 たとえば、日本初の「遺族外来」を立ち上げた精神科医の大西秀樹医師は、遺族を傷つける”思いやりの言葉”として次のような言葉を挙げています。

 

「大往生でしたね」
「がんばってね」
「あなたがしっかりしないとだめ」
「元気?」
「落ち着いた?」
「気持ちの整理はついた?」
「いつまでも泣いていても仕方がない」
「あなたは強いね」
「思ったより元気そうで良かった」
「いつまでも悲しんでいても死んだ人は喜ばないよ」

 

 

 これらをグリーフの経験のない方が読んだ時、「え?どこがそんなに傷つける言葉なの?」と首を傾げたくなるようなフレーズばかりではないでしょうか?わたし自身、以前はそう思っていたし、深く考えずこれらの言葉を”慰め”と疑わず発していただろうと思われます。でも実際に悲嘆の底に沈む時に、これらの言葉をかけられてみると、これらの言葉がどんな風に遺族の心を切り刻んでいくのかが手に取るように分かるのです。もちろん感じ方や、受け取られ方は、これらの言葉を発する人と遺族とのそれまでの関係性にもよるところが大きいとは思いますが、だからこそ、大切な人の悲嘆に向き合う際には知っておくべきことだと思いました。そうでなければ、それまで大事に育んできたその方との関係性が一瞬で壊れてしまいかねないからです。

 

 

 事実、リエゾン精神看護専門看護師である佐藤仁和子氏は、自らの乳ガン経験を通して、このような見解を述べています。

 

(前略)病気になるということは、病気そのものや治療そのもののダメージだけでなく、私の場合でいうと、見落とされたり、不愉快なことを言われたりと余計なことが降りかかる。(中略)今回の場合も、抗がん剤で痛めつけられ、乳房は醜く切り取られ、放射線を浴び、病気や治療以外でも、さまざまな余計なことが起こった。周りの人々の思いがけない言動や態度により、傷ついたこともあった。なかにはその後つき合いをやめた友人もいた。残念であったと思うとともに、こういうときにその人の本音が出るのだろうとも感じた。がんになって分かったことがある。なるほど人は、相手の気持ちを理解することはできないかもしれない。しかし、相手を理解しようと努める人のことは、敏感に分かるのである。そしてそのような姿勢を相手が示してくれるとき、自分の心が自然と開かれるという経験をした。

 

 

とは言え、悲嘆を抱える人に対して、どう接して良いのか分からないと言うのも本音だと思います。こちらの記事にも書きましたが、悲しみに暮れる人と共に居ると言うのは、それだけで心が消耗することだから。

 

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

 

 

 ここでひとつ、親を亡くしたスウェーデンの子どもたち31人による手記、『パパ、ママ どうして死んでしまったの』の中におさめられている記事をご紹介します。

 

 

 

だれかが電話をかけてくれて「どう?」と聞いてほしかった。そしてわたしを引っ張り出してくれたらと願った。とはいっても出て行きたくないことが多かったけれど。電話をしれくれる人はあきらめてしまわないことが大切だった。というのもこちらから電話はかけられないのだから。人に迷惑はかけなくなかったけれど、まったく孤独でないことを感じたかった。

 

 

  彼女は16歳の時に父親を白血病で亡くし、20歳になった時、当時を振りかえってこれを書きました。読んでみて、あなたはどう感じたでしょうか?ひょっとしたら、「出ていけないけど、引っ張り出して」だとか、「かけられないけど、電話をして」とか、挙句に「あきらめてしまわないで」だなんて、ずいぶんと我儘で虫のいい態度だなと思われた方もいるのではないでしょうか?ですが、これを読んだ時、わたしは「ああ、とてもよく分かる・・」と思ったのです。

 

 ベルのことで悲嘆に打ちひしがれていた頃、「もし無理だったら当日ドタキャンしてくれていいからね」と外出に誘ってくれた人達がいました。お断りをしたことがほとんどでしたが、今改めて思い返してみると、それがどれほど「死」の恐怖につぶれそうな自分を「生」の世界へと繋ぎ止めていてくれたか、孤独を紛らわすことができたか・・・。
彼らの「何かしたい」、「力になりたい」、その想いにわたしは支えられていたのだと
思います。

 

  

 当時を少し落ち着いて振り返れるようになった今言えるのは、もし身近な人に悲嘆が起きた時、自分に「何ができるのか?」の視点で考えてしまうと、おそらく一歩も動けなくなると言うこと。そうではなくて、「何かしたい」、「力になりたい」という気持ちを先ずはその人に届けること。たとえその時はその気持ちを受け取ってもらえなかったとしても、あなたが届けようとした気持ちの「本質」は、必ず相手に届いています。それをわたしは自分の経験をもって知りました。

 

 

 核家族化や少子化傾向、ジェンダーの問題等で、今後日本では「公認されない悲嘆」が増える傾向なのですが、一方、悲嘆(グリーフ)についての知識や社会理解は、まだまだ追いついていないのが現状です。
グリーフカウンセリングの現場は少しずつ広がってはいますが、これらはあくまでも対症療法に過ぎないでしょう。一番望ましいのは、誰にでも起こり得る「悲嘆」を、互いに思いやる心をもって受け入れられる社会を作っていくことであるように思います。

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき