わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

大学院への進学を再考しようと思った本当の理由

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そもそも何故大学院へ
行こうと思っていたのかと言うと、
国家資格である
公認心理師受験資格を得るためには、
(わたしの場合は)
その方法しかなかったからでした。

 

心理カウンセラーやビジネスコンサルタントは
ここ数年、起業ブームなども相まって
誰もがそれを名乗った瞬間から
始められる職業として
知名度は上がりましたが、
同時にその質において問題視され、
揶揄されるケースも増えました。

 

このわたしも、
(妙な熱におかされていたんでしょうね)
実際に〇〇カウンセラーや
〇〇コンサルタントを
名乗った過去(もはや黒歴史です)があり、
こんな世間知らずの未熟者が
何を言い出したものかと、
今思えば穴があったら入りたいほど
お恥ずかしい限りなのですが、
自分と関わる方の為にも、
その道を目指すのなら
”同じ轍は踏むまい”と
固く決めていました。

 

・・・ところが、です。

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

こちらの記事にも書きましたが、
ベルのことで、精神的に
あまり宜しくない状態に
陥ったわたしを見守り、
最後まで寄り添い救ってくれたのは、
国家資格を持った専門家でも、
カウンセラーでも、
コンサルタントでもない、
身近で関わっていた人。
ただ、自分自身も
大きな悲しみを経験している
心の優しい方たちだったのです。


そして、わたし自身も、
一番苦しい時に救いを求めたのは、
資格を持ったカウンセラーでも、
専門家でもなく、
「この人なら、きっと分かってくれる」
と無条件に思えた
彼らだったのでした。


 

この経験を経た時に思いました。

 

 

「わたしは、わたし自身が一番苦しい時に
求めなかったものに本当になりたいの?」

 

 

と。

 

その答えは明白でした。

 

 

「何かが、ちがうよね」。

 

 

「それよりも、もっと深めたい、
この人生をかけて
向き合ってゆきたいことがあるよね?」

 

 

でした。

 

 

 

もちろん資格があることでしか
果たせない仕事はありますし、
資格が無意味だとか、
そう言うことではありません。

 

 

ただ、今のわたしにおいては、
このままベルトコンベアーのように
院へと進んではいけない・・・

そのことだけは、
ベルの死から得たすべての経験から、
はっきりと分かったのです。

 

 

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そんな中、
今、わたしは”グリーフ(悲嘆)ケア”について
学びを始めています。

 

グリーフケアは、
日本ではまだまだ
馴染みが薄いものですが、
大切な家族と死別をしたり、
愛するペットを失ったり、
自分のアイデンティティであった何かを
喪失した際に直面する悲嘆から
新しい環境に再適応し、
新しい人間関係を築くと言った過程を
サポートするものです。

 

そこでは「死」や「命」と言ったものと
真正面から真摯に向き合う姿勢が問われます。

 

 

大切な何かを喪った人たちの声に
そっと耳を傾けた時、
それまでわたしが
悲嘆にくれている人に
いかに無神経な言葉を
無意識にかけてきたのかを知って
縮みあがる思いがしました。

 

 

 

ベルの死を看取ったことで、
わたしは自分がとても死を恐れていること、
死を到底受け入れがたく、
死に対し、
精神がとても脆いことを知りました。

 

 

これから先の人生、
親、伴侶、姉妹、友人・・・
そして、自分自身・・・
決して避けられない別れが
仕方がないとは言え、
増えてゆくばかりの年齢です。

 

死はどんな人にも平等に訪れる、
等しく未知なる経験です。
どんなに豊かさを持て余している人にも、
どんなに幸せの極意を分かっている人にも、
どんなに愛されている人にも。

 

 

でも、普段「死」について
現実味を持って話をする機会は
あまりありません。
それは「死」と言うものがやはり
「傷み」や「悲しみ」を伴うことであるからで、
できれば一分一秒、
遠ざけておきたいと思うからでしょう。
これは当然だと思います。

 

 

 

先ずは、自分から
「死」とは何か、
「命」とは何か、
「自分」とは何かに
向き合ってみたいと思っています。



再来年、大学卒業後は、
上智大学のグリーフケア研究所に進み、
スピリチュアルケアの学びと
ホスピスをはじめとした現場での
実践を積みたいと考えています。

 

 

もし、必要があって院へ進むのであれば
その後ではないかと思います。

 

 

もちろん、今の仕事である
写真家も続けてゆきます。

 

 

改めて今回、写真がどれほど
辛い時に私自身を支えてくれたのかに
気づくことができたからです。
(最近では俳句もそこに加わりました。)

 

 

この先の学びを続けてゆく途上で、
この世を旅立ってゆく人、
残される家族を、本当の意味で
サポートできるまなざしを持って
写真と言う一枚の世界に納めてゆけるような
そんな写真家になってゆけたらと・・・
そう思ったのです。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき