わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

わたしの人生はわたしに何を求めているのか?

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『夜と霧』の著者であるヴィクトール・フランクルは、

 



生きるとは、人生とは何かを問うことではなく、
人生からの問いに応えること

 

 

だと記しているのですが、今回ほど、

 

わたしの人生はわたしに一体
何を問うているの?!

 

と激しく自問自答したことはないと思います。

 

 

昨夜、妙な時間に実家の電話番号が
デイスプレイに表示されました。

 

どこか胸騒ぎを感じながら電話に出ると
それは母からでした。

 

 

「お父さんがね、倒れたの。
脳梗塞だって。
救急車で運ばれて入院することになったから。」

 

 

胸騒ぎがみごと的中したことによる
一瞬の万能感は、
たちまち不安と否認と恐怖に変わり、
気づけば母に、

 

「やだから!もう!やだ!もう!」

 

と叫んでいました。

 

 

「もう」は、「これ以上の悲嘆は、もう、無理」の
「もう」であることに違いなく、
けれど主語も目的語もないままに叫び散らすことが
その時のわたしには精一杯でした。

 


処置が早かったので、幸い一命は取り止め、
意識の混濁もないようですが、
倒れる直前、下半身に麻痺があったそうで、
今後、容態が落ち着き次第、
長期的な
リハビリが必要になるだろうとの
医師の見立てだそうです。

 

 

直ぐにでも飛んで帰りたいところですが、
コロナ禍での面会は一切許可されず
母でさえも院内への立ち入りは
ナース
ステーションまで。

ましてや、
東京在住のわたしは
病院からは最も招かれざる存在で、
どうにもこうにも
お手上げ状態となってしまいました。

 

 

  

そう言えば、
父と最後に話したのは
今年の元旦の朝でした。

定型な新年のあいさつをした後、

 

「ベルの写真を仏壇に飾って、
毎日拝んでるから。」
「ベルが居なくなっちゃって、
今年は”きゅうり作り”の張り合いがなくなった」
「お父さん、なんだか生きる気力が抜けちゃったんだ」

 

と、いつになく元気がなかったのを覚えています。

 

 

「何を弱気なことを言ってるの!お父さん!」
と、はっぱをかけながらも、
どこか違和感を感じたのは、
まるでわたしと同じかそれ以上に
ベルが亡くなったことに対して
父がメランコリックに見えたことでした。



こうなってみて気づいたことですが、
ベルの死は、父にとっても
大きな喪失だったのかも知れません。

 

 

どちらかと言うと、
家族の中では孤立しがちだった父に対して、
ベルはそんなことはお構いなしに
懐へ無邪気に飛び込んでゆくような犬でした。

父が丹精込めて育てたきゅうりを
一番おいしそうに、もっともっとと
ねだってまで食べていたのはベルでした。

悪戯をして叱られても、
次の瞬間には忘れて
またすぐに父の膝の上で
笑顔で甘えていたのがベルでした。

 

 

わたしが思っていた以上に、
父がベルに愛着を持っていたとしても
何ら不思議はないわけです。

 

 

わたしは、自分の悲嘆のケアに精一杯で、
父の悲嘆には、まったく気がついて
あげられていなかったのかも知れません。
うかつでした。”違和感”はしっかりと
受け取っていたのに・・・。

 

 

悲嘆(グリーフ)を経験した後、
すべての人がそうなるとは限らないけれど、
精神のみならず、
身体にもその症状が及ぶ場合があると
様々な文献を読み知りました。
事実、夫は胃腸に、
わたしは腰に原因不明の異変を感じ、
今は落ち着きましたが、
ひやりとする場面があったのです。

 

 ひょっとしたら、
今回のまったく予期しなかった
父の脳梗塞もベルの悲嘆に起因する可能性が
あるのではないか?
そう思えてならないのです。

 

 

 先ほど、夕方の面会に行って
帰宅した母と少しだけ電話で話しました。

 

父には会えず、
受付で病棟の看護師さんひとりと
3分ほど会話をしただけで帰されたそうです。

 

 

 「お父さん、おしっこの感覚が分からないみたい・・
カテーテルを入れてるんだって。
どうしよう、退院後、オムツ生活になったら・・」

 

 

3分の会話で得た情報が、

 

「おしっこの感覚が分からない」

 

と言う曖昧な1点のみだけですから、
そこから想像できる未来が
芳しいことであるはずがありません。

 

 

 ましてや、家族と話せず、
病院でたったひとり過ごしている
父の心情を思うと、
わたしも何とも歯がゆく、
居たたまれない想いです。


一昨年入院した折には、
毎日1回は必ず母の元に電話が来ていたのに、
今回まったく連絡が来ないのは
どこか身体に不具合が起きているからなのか?
携帯電話の使用方法が認識できない容態なのか?
それさえも分からないのです。

 

今日、居ても立っても居られず、
父に手紙を書いて、速達で発送しました。

 

 

今、わたしにできること・・・
それはとにかく、父に言葉をつなぐこと。

 

たとえ、封筒の中身を見れないとしても、

「ここにいるよ」
「帰りを待っているよ」
「回復を祈っているよ」
その証を、できるかぎり、全力で届けよう。

 

 

そう、わたしの人生からの問い
いま、強いてあげるのなら、これではないか?

 

 

「自分の人生はひとりぽっちだった」
そんな風に思わせたまま逝かせてたまるものか!

 

 

 


いま、世界中で
同じ気持ちを抱えている人が
一体どれくらい居られるのか分からないけれど、
わたしも、あなたと共に、がんばります。
だからどうか、あなたも、がんばって。

 

 

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき