わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

ダメなところを取り除こうと必死だった四半世紀



 一昨日、近所を散歩している最中、わずかなブロック塀の空洞に自生する一輪のドクダミを見つけました。その「ここは、わたしのだけの居場所よ」とでも言いたげな様子に、植物の「自分を生きる本能」っていうのはすごいものだなあと感心してしまいました。

 

 

 20代のはじめから40代半ばくらいまで、わたしは「自分のダメなところ」をどうしたら改善、除去できるのだろう?と必死に模索し続けていたように思います。

 

 

・このすぐに人と比較して自分を卑下するところを
・この人を妬みやすい性格を
・この自分の要求をちゃんと言葉にできずに後で後悔してばかりなところを
・この欲しいものを素直に欲しいと言えないひねくれた性格を
・この人や世の中を恐れて自分の殻になんだかんだ理由をつけては
閉じこもってしまうところを
・この利用されているのに認められていると勘違いしがちなところを
・このすぐに”もう消えたい”と極論づける性癖を
・この自分の感情にたいがい蓋をしてしまうところを


挙げたらもうキリがないのですが(苦笑)、いやもうとにかく、これらをすべて改善、除去できさえすれば、わたしは生きやすくなれるはずだと思い込んで、あれこれ心理セラピーを受けたり、偉い先生や、パワーパーソンの講座を聴いてみたり、コンサルやコーチングを受けて見たり、ある時は見えない神様にまですがってみたりと、まあ、自分でも本当に全方位よくやったものだと今は思います。^^;(疲)

 

 

 で、今改めて、何が当時のわたしをこんな自己改善欲求の無限ループに追い込んでいたのかな?と考えるに、この「生きやすくなる」という基準の捉え方に問題があったのではないかと分析しています。

 

 わたしは、「生きやすく」なったあかつきには、

 

・嫌味な職場の〇〇さんが意地悪をしてこなくなるはず
・周囲から選ばれる人になり丁重に扱ってもらえるようになるはず
・コミユニテイで自分の意見を聞き入れてもらいやすくなるはず

 

といった状況が当たり前の日常になるのでは?と思っていました。ですから、そうならない間は、自分はまだまだ改善されていないし、「生きづらい」ままなのだと思い込んでいました。

 

では、

 

 

・嫌味な職場の〇〇さんが意地悪をしてこなくなるはず
・周囲から選ばれる人になり丁重に扱ってもらえるようになるはず
・コミユニテイで自分の意見を聞き入れてもらいやすくなるはず

 

 

を「生きやすく」なった証拠だと見なすことの何が問題なのでしょうか?

 

分かりますか?^^;

 

これ、ぜんぶ、「自分」ではなくて、「他人や環境」といった外側の変化によってもたらされる具象なのです。つまり、「変えられるのは他人ではなく自分だけ」ということですね。自己啓発本等でも何度も読んだフレーズでしたし、すごく当たり前のこと過ぎて、今書いてるだけでほんとに嫌になってしまうんですけどね。^^;

 

 

 この自分の思い違いに良い意味で止めを刺してくれたのがIFS(内的家族システム療法)でした。IFSでは、

 

・このすぐに人と比較して自分を卑下するところを
・この人を妬みやすい性格を
・この自分の要求をちゃんと言葉にできずに後で後悔してばかりなところを
・この欲しいものを素直に欲しいと言えないひねくれた性格を
・この人や世の中を恐れて自分の殻になんだかんだ理由をつけては
閉じこもってしまうところを
・この利用されていることを認められていると勘違いしがちなところを
・このすぐに”もう消えたい”と極論づける性癖を
・この自分の感情にたいがい蓋をしてしまうところを

 

 

これらの自分がダメだと思っている部分を、それぞれ副人格(パーツ)と見なし、それらすべてを歓迎することからはじまります。そして更に、そのひとつひとつのパーツには、その人の人格システムを守るために、そうせざるを得なかった正当な理由があるとし、その理由をじっくり丁寧に聴き、労い、パーツが負ってきた役割の重荷を下ろし、主人格の自分とそれらの副人格のパーツとの間に、後天的に獲得された安定型愛着を築いていくのです。そしてこの部分こそが、それまで受けてきた、「改善」「除去」を目標としている他のサイコセラピーのアプローチとは、決定的に異なる点でした。

 

 

 他人との関係性が安寧になることばかりを願い、そこに必死にエネルギーを注いできたわたしですが、外側の他人との関係性をどうにかしようと足掻くより、自分の内側の複数の自分自身(パーツ)との愛着を築いていく方が、ずっとずっと「生きやすさ」の近道であったことに、今更ですが気づかされ、また、実感し、切ないやら、情けないやら、悔しいやら、嬉しいやらと、なんとも複雑な想いです。(ただし、IFSの過程は、根気強く長期的な積み重ねが必要ですが。その理由はこちらをどうぞ。)

 

 

 先日、「傾聴」のメニューにお申し込みをくださった方にも少しだけお話しましたが、傾聴はこのIFS(内的家族システム療法)の視点をベースにお話を伺わせていただいてます。もっと詳細にIFSについて知りたいという方は、わたしも学ばせていただいた、
こちらの講座が来月開講します。興味のある方は、ぜひご一読いただければと思います。

 

 

 

6月16日 14時から開催します♪
あと若干名募集中。
参加ご希望の方はメッセージください。

 

 

 

愛着に傷つきを持つ方のピアグループ
ありおりカフェ、
繊細な方のための読書会、
句会等の開催のご案内はこちらから・・。

 

hanahiroinoniwa.com

 

写真を眺めてほっと一息^^  

 

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