わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

「3日後、あなたを自転車に乗れないようにします」と言ってるのと同じこと

f:id:miyuki_sato:20220107103238j:plain

 

 朝、窓を開けると、当たり一面、雪景色でした。東京の人間は雪道が本当に苦手です。9時前の通勤時間帯に外に出てみたのですが、公共交通機関の車以外、まるで通っておらず、悠々と向こう側へ横断できました。アイスバーンが完全に溶けるまで、大きな事故などが起きないことを祈ります。

 

 

 

 

 

 自分の生きづらさが、「愛着」の不全によって生じていたのだと分かって以来、大学や高橋和巳先生の講座を始め、その他多くの「愛着障害」について書かれた書籍を通して、その仕組みや背景を学んできました(岡田尊司先生の著書は、一般の方に向けて書かかれているため、内容が少々粗くて浅いですが、愛着障害の概念をざっくりと知るのには良い本です。)。
 


 それらどの書籍にも共通して書かれていたのは、「生後1歳から1歳半までに身に着けた愛着のスタイルは、一生を通して、その人がどのように人と関わっていけるか、どのように人を愛し、どのように人に愛されようとするかを支配する」というものでした。

 

 

 正直、このフレーズにお目にかかるたびに、「いやいや、そうは言っても、何か特別な心理療法で、どうにかならんものかな?」、「一生って、そりゃあまりにも残酷すぎるよ!」、「生後たった2年のことよりも、その後の人生の方が長いわけだし、生きていく中で改善していくはずでしょ?!」と、怒りと抗う気持ちが湧きました。

 

 

 もっとも、心理学を学ぶ前から、自分の中に渦巻くこの”得体の知れない人生への不可抗力感”を何とかしたくて、ある時は神や仏を頼ってみたり、そこから更に突っ込んで(苦笑)、天使や前世、高次の存在?なんかにも助けを求めたりしていたのですが・・。^^;考えてみたら”不可抗力”なわけですよね。生後2年間なんて、自分の意思では、どうにもならない時期なのですから。そして、自分の努力ではどうにもならないことだからこそ、愛着障害を持った人というのは、ある時点に来ると、”不可思議な力”でさえ借りようとする傾向が強いのだと思います。

 

 

 では、何故、そんな不可抗力でしかない時間の中で身に着けた「愛着スタイル」が一生を通してその人を支配するのでしょうか?その理由が腑に落ちたのは、そもそも「愛着」というものが、「手続き記憶」であるという事実を知った時でした。

 

 

 人間の記憶の種類には、「短期記憶」と「長期記憶」があります。「短期記憶」というのは、試験5分前に単語帳を開いて、「これと、これと、これだけは覚えよう!」と即席で記憶し、試験が終わったらあっさり忘れてしまえるような記憶のことを言います。一方「長期記憶」というのは、「宣言記憶」と「手続き記憶」に分類されます。(「宣言記憶」についてはここでは割愛しますので、興味のある方は調べてみてくださいね。)

 

 

 「手続き記憶」というのは、例えば、動作を繰り返すことで身体を通して身に着けた、ルールややり方の記憶です。自転車の乗り方などがよく例に引かれていることが多いです。自転車の補助輪を外した瞬間から、自転車に楽々乗れるようになった人というのは、(世界中を探せば1%くらいはいるかも知れませんが)そう多くはないはずです。皆、転んだり、戸惑ったり、行きつ戻りつしながら覚えていくでしょう。そして、一旦乗れるようになってしまえば、一生を通して自転車に乗り続けられるようになります。

 

 

 つまり、「愛着」も、これ(自転車に乗れるプロセス)と同じだというのです。この世に生まれ落ちた瞬間から、養育者による感情の協働調整が始まりますが、自分の感情に適切なタイミングで共感を貰えた子どもは、「自分はこれでいい」、「この世の中は安全・安心だ」、「恐い時に助けを呼べば、必ず助けてもらえる」という基本的信頼感のベースを培っていきます。一方で、それが何らかの理由で与えられなかった子どもというのは、「自分はこのままではいけないのではないか」、「安心・安全を貰うには、どうしたらいいの?」、「呼んでも助けてもらえない」、「この世の中はキケンな場所だ」という記憶の学習をしてしまうのです。 そして、この「手続き記憶」は、一生モノとなるのです。

 

 

 わたしはSNSの発信で「#カウンセラー」や「#心理学」といったタグをよく用いるためか、アルゴリズムで導かれてくる画像広告に、カウンセラー養成講座の案内や、セッションのご案内を見ることが多いのですが、その中に時々、「この講座を3日間受けただけで生きづらさから解放!」「心理学の権威も驚く奇跡のメソッド!」なんて仰々しいキャッチフレーズが踊っていることがあります。はっきり言ってこれらはぜんぶ「詐欺」です。(もしくは、単なる勉強不足。)

 

 

 「愛着」の獲得プロセスの性質は「手続き記憶」ですので、もし「この講座を3日間受けただけで生きづらさから解放!」が事実ならば、この講座の主催者は、それまで自転車に普通に乗れていた人間を、3日後には乗れないようにできる方法を知っています!と言ってるようなものです。これ、あり得ないですよね?!^^;もしあるなら、教えて欲しいくらい(苦笑)。そして仮にもし、希求していた変容が起きたのだとしたら、それは転移性治癒と呼ばれる一過性なものであるか、そもそも、安定型の愛着スタイルを持っていたかのどちらかでしょう。

 

 

 

 「愛着」の傷を癒すために、先ずしなければならないのは、その不全感が、自分の性格や人間性のせいではなく、「愛着」の不具合から生じているのだということを、正しい心理教育を受け、理解をすること。次に、一旦身に着けてしまった自分の「愛着スタイル」は、残念ながら、そうそう変えられないものであることを受け入れること。その上で、どうしたら日常生活でそれらと上手に付き合っていけるようになるのか、あなたにとって一番しっくりくる方法を、(これがまた難しいのですが)信頼できる、愛着の知識をしっかり持った専門家と共に探っていくこと。そして、その方法を地道に実践しつつ、心ある、優しい、ごくごく一般的な社会規範を持つ「ふつう」の友人や知人と交わり、穏やかに暮らしていくこと。

 

 

 少なくとも、わたし自身は、このプロセスを経てかなり生きることが楽になりました。適切なアプローチを開始してから、約3年かかりましたけど・・。そして、今も、自己調律のトレーニングは続いています。そしてきっと、これは緩急はあるものの、一生涯続くのでしょう。それを受け入れるための、3年間だったとも思っています。

 

 

 でも、この地味で時間がかかる方法が激しく渦中に居る方にほど、信じてもらえないし、届かないんですよ・・。(:_;)今も、一瞬で変わる魔法を求めて、明らかに「それ、おかしいでしょ!」、「あなた、搾取されちゃってるよ!?」っていう教祖様に課金しちゃったり、そこからつながった人間関係で(搾取する人のつながりは、だいたい搾取系)、さらにトラウマを重ねて傷ついてさまよっている方が多く、本当に、歯がゆくなります。貴重な人生の時間のロスに比べれば、お金を奪われたくらいの方がまだマシかも知れませんが。

 

 

 ウェブの海の孤島のようなこのブログを目にした生きづらさを抱えた方が、ほんの数人でも良いから、本当の回復の道へと方向転換できることを祈ります。

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

写真を眺めてほっと一息^^  

 

miusato.com