わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

「変えられるのは他人ではなく自分だけ」という言葉の罠

 

 前回の記事では、わたしが「変われた」ことを実感するための基準としていたことが、すべて他人によってもたらされる環境に依拠していたと述べました。

 

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

 

ですが、そんなわたしでも、「変えられるのは他人ではなく自分だけ」いう言葉の意味は重々承知していたし、そう在ろうとしたからこそ、自分を変えるために、四半世紀近くも様々なメソッドを試行錯誤しながら試してきたわけです。

 

では、なぜ望むような変化を遂げることができなかったのでしょうか?それは皮肉にも、「変えられるのは他人ではなく自分だけ」という言葉が原因だったのでは?と考えられます。

 

 「自分を変える」・・・・つまり、そこには変えなくてはならないような、ダメな自分がいて、そのダメな自分をどうにか攻略することで「変わった」状況が外から手に入ると思っていたわたしでした。

 

ですが、前回の記事でも書いた通り、ダメな自分、取り除かなければと思っていた副人格(パーツ)というのは、その人がその人として辛く過酷な状況を生き抜くために生み出された、言ってみれば、援助者、保護者のようなサブパーソナリテイなのです。

 

そのパーツに対し、感謝するどころか、「お前がいるから私はこんなに辛いんだよ!いなくなれ!消えろ!どっかいけ!」と長年やってきたわけです。これでは、いつまでたっても、「変わる」どころか、内なる葛藤から抜け出すことはできません。「変わる」の意味を、とことんはき違えていたんですね。真に「変わる」とは、自分の気に入らない部分を切って捨て去ることではなく、それが存在した意味を知り、理解し、(できれば感謝とともに)再統合することだったのに。

 

でも、当時は「自分を変える」の本当の意味や、それをするための具体的な方法や心理教育を教えてくれる場も、心理療法もありませんでしたからね。

 

 

 他人を変えるより自分を変える方が簡単です。そして、”自分を変える=生きやすくなる”とは、つまり、主人格である自分が、副人格たちとの安定した愛着を形成し、結果、感情の耐性の窓を広げていくこと。

 

この感情の耐性の窓についてのお話はまた別の機会にしたいと思います。

 

 

 

 

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