わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

豊かさの循環が”ピラミッド構造”であるはずがない

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 ”シャンパンタワー”なる代物をご存知でしょうか?知らない方もいらっしゃると思うので、具体的にどういったものなのかを写真で示します。↓

(アマゾンで売っていることにびっくり!(笑))

 

 

 このように、ピラミッド状にバランスよく積み上げられたグラスのてっぺんからシャンパンを注ぐと、満杯になって溢れでたシャンパンが、その直ぐ下のグラスを満たし、またそこから溢れでたシャンパンが、そのまた下のグラスを満たし・・・というまあ、所謂余興の一種です。

 

 たしか5~6年くらい前だったと思います。”豊かさの循環”の喩えとして、わたしは方々の起業セミナーや、自己啓発系の講座で、よくこのシャンパンタワーを用いたたとえ話を耳にしたものでした。曰くこうです。

 

 

 「先ずはあなた自身が豊かになりましょう。そうすることで、その豊かさは自ずと周囲に溢れ出て、周りの人を豊かにしますから。」

 

 

 この喩え話の意図がどこにあるのか?と言うと、先ずひとつには「豊かさは循環するもの」ということの説明。そしてもうひとつは、(特に開業したての初心者に対し)それまで趣味の範疇で無料で行っていたサービスを仕事にしてお金を得ることは、後ろめたいことではなく、むしろ、周囲も豊かにすることなのだと意識変革させるためだと思われます。

 

 

 当時は、「いや~、これ、本当にその通り!」と頭の中にきらきら滝のように流れる無数のシャンパンを思い浮かべながら思っていました。そして、「先ずは自分が豊かにならなくちゃ!誰かの為とか、誰かの役に立ちたいはそれからだ!」と思ったものでした。

 

 でも、そう思っていたのは、当然、わたしだけではなかったんですよね。その喩え話を聴いた誰もがそう思っていたのです。その内にわたしは、こんな風に考えるようになっていたのだと思います。

 

 

 「シャンパンタワーのてっぺんのグラスにはどうやら自分はなれそうもないから、良いなと思うてっぺんのグラスを下から支えて、そのグラスがいっぱいになるのを応援すれば、結果自分も豊かになれるんじゃない?」

 

と。事実、てっぺんのグラス近くに居れば居るほど、自分のグラスにもシャンパンが溢れて入ってくる経験もしました。そして、そんな状況を、「これぞ豊かさの循環に違いない!」と信じていたのです。なんて浅はかで薄っぺらだったんだろうと今は思います。

 

 

 今はこう考えています。

 

「そもそも、どうして豊かさの循環の喩えがピラミッド構造なのよ?!横一線、水平構造でよくない?!あれって、豊かさの循環じゃなくて、交換(取引)だよね?!」

 

って。

 


 確かに、自分が明日食べるお米もないのに、他人様のお米の心配をするのはお角違いだとは思いますが、「豊かさ」って物理的に目に見えるものだけではないし、溢れるのをわざわざ待っていなくても、その前に分かち合うことだってできるはずです。

 

 

 そこに気づいてから、

 

 

「先ずはわたしが豊かになって、そのお金をみなさんにどんどん循環させて、豊かにしていきます。だから私を応援してください!(私のサービスを受けてね!)」

 

 

と謳っている「交換」(取引)前提の人を、絶対に信用すまいと決めています。

 

 

誰しもの頭上には天が、そして足元には大地が等しくあるだけ。小さな循環がピラミッドの頂点からではなく、水平の同心円状に等しく起きてゆけば、ある日大きな循環の渦がそこには生まれるのかも知れません。

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

 

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