わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

リモート生活がもたらしたもの

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 近所の桜の開花が始まりました。昨年もそうでしたが、「あれ?!いつの間に?」と言う奇妙な時間の断絶感が今年も否めません。ページをめくったら「あれから3年が過ぎた」で始まる小説のワンシーンに自分が放り込まれているような気分とでも言ったらよいか・・・。

 

 

 我が家では去年の2月から夫が完全リモートワーク体制になり、早1年が過ぎようとしています。365日、24時間・・・とまではいかないまでも、それに近い状態で3食夫と共に過ごす日常が今日まで続いています。当初、会社側はワクチンが完成次第、リモート体制を解くと言っていた為、「それまでの辛抱ならば」と頑張ってきました。ところがここへ来て、会社は大きくその方針を変えました。今後また、どんな災害に見舞われるとも限らない時代、未来型の企業を目指すことをスローガンに、今後はどうしても出社しなければならない部署を除き、基本全組織の出社率は50%未満に抑えること、これまで支給してきた定期代は廃止、月10回までの往復交通費の一律支給となり、プラス、リモート手当として5000円を支給すると言うことになったのです。夫の所属している部署は外回りがないため、必然的に今後もリモートワークとなったのでした。

 

 

 この「人命最優先」と言う会社側の措置は、一企業として評価もしてますし、実際にこのコロナ禍で、どれだけ助かったか分かりません。でも、これまで自宅リビングを仕事場としてフォトレッスンや読書会等を開催してきたわたしにとっては、夫の仕事が家庭に流入してきたことで、それらの活動の一切が事実上できなくなってしまいました。この家を購入するとき、ある程度の人数が入っても窮屈さを感じないように仕切りが少ない、自然光が入る一面空間の構造の家を意図して選びましたが、今となってはそれはかえって仇となり、夫が会議や電話をしている時には、気を使って息をひそめるようにして部屋を移動せざるを得ません。本来一番リラックスできるはずの場所が、心身ともに緊張を強いられる場となってしまったのです。オンラインでお友達とちょっと軽くおしゃべりをしたいと思っても、夫の仕事の都合を先ず聞く。その時間、重要な会議や打ち合わせがないのを見計らってつなぐ。これまでは日中、BGMとして自由に聴いていた音楽も聴けなくなりました。わたし自身がカウンセリングやスーパービジョンを受けたくても、夫がいつ出入りするか分からない守秘義務が守られない空間で、安心して心を開くことはやはり難しく、それでもと、一度はやってみましたが、その不全感に再挑戦は諦めました。そんな大きくはないけれど、小さなストレスが日々積み重なるような生活が1年続き、ふと気づけば、何が理由かは分からないけれど、意味もなく抑うつ感が続くようになりました。これまでは、夫が居ない家でのひとり時間に、受けたストレスを自分なりの方法で解消してきたのでしょう。でもそれを解消する言ってみれば「安全基地」がなくなったことで、わたしの中にあった「ストレス解消システム」が不能となってしまったのです。

 

 

 今は「感染拡大防止」と言うことが何よりの目標で、あまり浮上してきていないかも知れませんが、今後、このようなコロナ禍のニューノーマルがもたらした、時事ニュースにはのぼってこないような「二次弊害」にスポットライトが当たってくる日も、そう遠くはないのではないかとわたしは感じています。そして、大きな問題の表層下で「沢山の人が大変な想いをしているのに、この程度で悩んでいるなんてとても言えない」と気持ちを押し殺している方も、実際少なくないと思うのです。もし、理由はよく分からないけれど、それなりに毎日幸せに過ごしているけれど、何かがおかしい?どうしてこんなに落ち込んだり、やる気がおきなかったりするのだろう?と感じた時は、つもりつもった、意識化されていないストレスが隠れているかも知れません。意識化されないストレスが、本当は一番厄介なのです。この記事が、あなたの「あたりまえにしようとしているストレス」を自覚、意識化するきっかけとなれば幸いです。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

 

 

写真を眺めてほっと一息^^  

 

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