わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

気づけば8050問題のど真ん中に居た!

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 父の介護のため東京から実家に帰る帰らないの問題勃発以来疎遠になっていた妹と、思いがけないことがきっかけでまた連絡を取れるようになりました。一昨日の夕方、珍しく家の電話に妹からの着信があり、ずいぶんと慌てているので話を聴くと、どうやらアパートの鍵をどこかで失くしたか、落としたか、盗られたかで、家に入れないと言うのです。”もしも”の時用に、スペアキーを持っているわたしにそれを持ってきて欲しいとのこと。電車より車の方が早いからと夫が鍵を持って直ぐに現地に向かい、妹は無事に部屋に入ることができたのでした。

 

 

 今週の火曜、放射線治療を終え、隣市の日赤病院から再び地元の中堅病院へと転院した父ですが、当初あった痛みは嘘のようになくなり、今は目下、転移による圧迫骨折で負傷した脊髄の治療とリハビリに精を出す日々のようです。ただリハビリと言っても、実際に起き上がって身体を動かすには至っておらず、ベッドに寝たまま足を上げ下げしたり、感覚を取り戻すためのマッサージを受けているようです。医師の話では、時間はかかるけれど(期間は未定)歩けるようにはなるそうで、その際は5㎏以上の荷物は持てないとのことでした。車椅子生活を覚悟していた私たち家族にとっては、これはせめてもの希望になりました。今後は、一生を通してリハビリと薬、それからホルモン注射での治療がメインとのことです。

 

juntendo-urology.jp

 

 順天堂大学の前立腺がんのサイトを見ると、どうやらしばらくの間は薬物治療の効果は持続するようです。所謂、”寛解”と呼ばれる段階に入るのでしょう。ただ当然この時期にも終わりが来るはずなので、それまでの間に家族として出来る限りのことをしていきたいと思っています。

 

 

 それにしても、テレビドラマで観たり、心理士の先生たちが、いま現場で多数扱っていると聞いていた「8050問題」の渦中に、ある日気づいたら自分たち家族がすっぽりとハマっていたなんて・・・。地元での仕事が決まらぬまま無職で妹を実家に帰した場合、父と母は確かに助かるとは思うけれど、彼女の人生設計はいったいどうなってしまうのか。一方、わたしがいっとき夫と別居してでも実家に帰った方がよいのか?自分たちは大丈夫、ではないんだなあと、いざ現実になってみて改めて現状認識の甘さを思い知らされています。

 

 

 人間ひとりが命を生きて、生きて、生き抜いて、生き切って、人生の幕引きをするのって、なんて壮絶なんだろう。わたしは、どんな風に・・って、ついつい頭を過るけれど、いまは先ず、目の前のことから。そう言い聞かせています。

 

 

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき