わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

悲しみが癒えはじめるとき

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桃色雪柳

 

 今日ではてなブログへの投稿が100記事目を迎えました。昨年の夏頃からマイペースで細々と綴ってきた場ではありますが、いつも訪れて読んでくださる皆さま、本当にありがとうございます。はてなブログは「書く」ことに真摯な方が多く、リンクをただ気ままに辿っているだけでもためになっています。繋がりをありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 昨年末、そして年が明けてからと言うもの、大きな悲しみの波に飲み込まれ、何度も何度も自分を鼓舞しつつ、また、優しい友人たちに助けられてどうにか日々を過ごしてきました。それでもある時、ぷつりと糸が切れたようになって、人と逢ったり、関わることさえも億劫になっていき、引きこもる時間だけが安心に感じられるようになっていました。こうなってくると、何が悲しいのか?何が寂しいのか?何が悔しいのか?何がそんなに虚しいのか?もう分からなくなるんですよね・・・。周りは春めくごとにどんどん輝いているように見え、でも自分はどうにも動けない。このままじゃ駄目と、自分のおしりを叩いてよいしょと動いてみるけど、やっぱり上手くいかない。また引きこもる。時間だけが過ぎていき、そんな自分で誰かに逢おうとするのも相手に申し訳なく感じるようになり、終いには「自分を土蔵に閉じ込めたい」と気心知れた友人にメールをする始末でした(こんな厭世的なメールを貰ったほうは大変困ったと思います。ごめんなさい)。で、いま、ここまで書いたことを冷静になって読み返してみると、これってまさしく「グリーフ」の症状そのものなんです。悲嘆に飲み込まれその渦中にいる人は病識が薄いとは言うけれど、ほんとそう。ひょっとしたらそこには無数の援助の手が差し伸べられてたかも知れないのに、その手を握る気力さえ持てずにいると言うこと。すべての「悲嘆」の中で起こっている一番の苦しみは、間違いなく「ここ」にある。(さらに言えば、ここに本人の愛着の有無の問題も必ず絡んできます。)この経験は、わたしにとって後々忘れてはいけないことになるはずなので、しっかり書き残して覚えていたいと思います。

 

 

 

 ところで人はどんな時に、悲しみから癒されはじめたと感じるのでしょうか?もう二度と思い出したくもないあの出来事、あの人のあの言葉、あの場、あの時間。わたしはそれらを「思い出さなくなった時」だと思っていたんです。それらを思い出せないくらい、今現在の楽しいこと、嬉しいことだけで記憶がいっぱいに満たされた時に、その傷、悲しみは癒されるのだと。そして、実際に、そう在ろうと必死だったようにも思います。けれど、これは間違っていたのかもなと今は思います。むしろ、逆だったんです。二度と思い出したくもないあの出来事やあの時間を、忘れようとするんじゃなくて、自由に「思い出したい時に思い出せるようになった時」に、本当の癒しが始まるのだと。そうなると、辛かった記憶の中にも「でも、あの瞬間は楽しかったよな」と感じることを許せるようになる。つまり出来事が一面的ではなくて、少しずつ相対化されていく。そして、これが「記憶の整理」、複雑性PTSDの典型的な終結なのです。(教科書に書いてあることを実際に体験して腹に落とせた感じですが。)逆説的ですが、本当の意味で「過去になった」から、「思い出せる」んですよね。「忘れたい」と必死な時は、そこにしっかりとまだ記憶が「ある」からなわけで。

 

 

 これと同じことが、自分自身にも起きていました。最近、かたくなに「もう思い出したくない!」と思っていた自分から、「でも、あの時のアレは楽しかったよな」と思える時間が増えてきたのを感じたのです。すると不思議なもので、少しずつですが、人に逢いたい、一緒に過ごしたいと言った気持ちが戻ってきました。いま、コロナ禍と言うこともあって、ゆっくりですが、外に出て、自然や、動植物以外にも、人と関わる時間を増やしてゆこうと思っています。わたしにとっての氷解、本当の春はもうすぐ。そう願いつつ。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

 

 

 

写真を眺めてほっと一息^^  

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