わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

〇〇のおかげでと言う時の対象をもう一度吟味する

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一昨日くらいから、ベルが以前にも増して
弱ってきており、ひょっとすると
この週末あたりがアブナイのでは?と
24時間体制で見守りが続いていたため、
なんだか気持ちも体力的にも切迫し、
熟睡感がないのでふらふらしています。
そんなベルを見ているのは辛いです。正直。
少しずつ、「いま、出来ること」が減ってきていて、
最期に残るのはきっと、
「どうかベルができるだけ苦しまずに
天国へ行けますように」
なのでしょう。

「苦しまずに天国へ行けますように」

 

これ、当初は一番望まず、
願っていなかったことです。
でも、今は、それが一番の願いだなんて・・。
その皮肉に気づいた時、
ただ、もう、泣きました。
最近、涙の理由がよく分からないのです。
悲しいのか、苦しいのか、
愛しいのか、嬉しいのか。

 

こうなった今、
夫が完全リモートワークで
ほぼ自宅に居てくれることを
改めて本当にありがたいと思っています。

 

もし、以前と変わらず、
日々日々会社に出勤し、
毎月の海外出張もこなし・・だったとしたら、
わたし一人でベルの動物病院、
夜中の世話・介護、迫りくる死別への恐怖、
受け止められていたかな?と想像するだけで
恐ろしくて震えてきます。

 

 

こんな時、つい、
「コロナのおかげで・・・」
なんてフレーズを無意識に
使ってしまっていましたが、
これ、違うよなあ・・
なんて短絡的だったんだろう、
と考えを改めました。

 

「コロナのおかげで~~できた。」

みたいな表現って、
(別にコロナじゃなくても
不条理な出来事全般に当てはまりますが)
どんな困難に対しても
”前向き”に捉えて進む姿勢を促進するし、
一見すると悲観してしまうよりは、
何かメンタル的にも有意義なんじゃないかと
思えたりもしますが、
この頃思うんです。


先ずは、

「コロナのせいで・・・」

「コロナのせい」

って思いっきり言っていいんじゃないかなって。

 

だって、夫が完全リモートワークになったのって
「コロナのおかげ」じゃなく、
「コロナのせい」なんですよ。
じゃあ、リモートワークは
誰のおかげなのかって言ったら、
社員の健康を第一に考えて、
いち早くリモート体勢を整えてくれた
夫の会社のおかげなんですよね。

 

そこを「コロナのおかげで・・・」って
やっていたとしたら、
この騒動が終わった時に
会社への感謝もきっと、
一緒に忘れられちゃいます。
でも、ちゃんと「会社のおかげで・・」
が認識出来ていたら、
騒動が終わった時、多少なりとも
自分の家族や本人が所属している場所への
感謝や愛着が増すのではないでしょうか?

 

だから、あなたが無意識に
「コロナのおかげで・・」
って枕詞の後に、
自分が受けた恩恵を口走っていたとしたら
少し考えてみませんか?


先ずは、


「コロナのせいで・・・~できなかった」
「コロナのせいで、~~になって悔しい!」

でいいんです。だって、本当のことだもの。

 

 

それから、この不条理な状況下で、
本当の意味であなたのことを思いやってくれた
人、場所、出来事について
しっかりと「~~のおかげで」って
認識をして覚えておくこと。

 

 

わたしの場合ですが、今年は
本来は対面で開催されるはずの
心理学の講座やセミナーが
オンラインで開校され、
遠方の講義も現地に行かずに
zoom等で受けることが出来ています。
でもそれは、「コロナのせい」であって
決して「コロナのおかげ」などではなく、
不自由な条件の元であっても
オンラインでの開校を選択・決めてくださった
先生たちのおかげだと思っています。

 

〇〇のおかげでと言う時の
対象が誰か?何か?を
もう一度吟味する・・・
そうすることで私たちは、
私たち自身がすでに持っている「フォース」に
改めて気づくことができ、
取り戻せるのではないかと思うのです。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
 
さとうみゆき