これだけ小さい頃からカメラに囲まれて過ごしていたら、当然撮られるのも好きだったでしょ?と思われがちだけれど、私は撮られるのが大嫌いな子どもでした。
その証拠に就学前の写真を見返してみると、にっこり笑ってる写真のまあ少ないこと!いつもそっぽを向いているか、目をつぶっているか、誰かの後ろに隠れているかで、何ともつまらなそうな私がそこには居るのでした。
ただ、撮られるのが嫌いな理由は何だったんだろう?と思い返してみても、よく分からないのです。
「こっち見て!」
「顔動かさないの!」
「目をもっと大きく開いて!」
「あーあ。また横向いて~!」
カメラマンの父や、横についている母からは、いつもそんな失望の混ざった指示が飛んできていた気がする。それが、ほんと苦痛だったと言うか、何故、何のために、自分が頑張るのか?人をがっかりさせてるのかが分からなかったし、要求に従わないといけないのかも、疑問だった。
理由なく、怒られたり、褒められたり、失望させるのが、写真撮影・・そんな風に子ども心に解釈していたのかも知れない。
写真を撮られる子ども・・と言えば、10月半ば、コスモスが咲き乱れる某公園で、あるママフォトグラファーが彼女の娘さんをモデルにして撮影している現場に遭遇したことがあった。
娘さんは年の頃3歳ちょっと。真っ白なフリルのついている、ふわっと長いワンピースを着せてもらっていた。さながら小さな花嫁さん・・と言ったところだろうか。手には、不釣り合いに大きな、籐のピクニックバスケットを持たされていた。
(大好きなママに可愛く撮ってもらってるんだ~。いいね~!)
微笑ましい気分で現場を通り過ぎようとした時だった。
「〇〇ちゃん、違う!そうじゃないの!もう1回最初から歩いて!」
「ママ~。もうヤダ~。これ重い~。もうヤダ~。」
「もう1回!ね!頑張って!お願いっ!!」
「もうやりたくない~!やだ~!」
娘さんの顔を見ると今にも泣きだしそう。
対するお母さんはというと、70-200mmの望遠ズームレンズ越しに、娘さんにげきを飛ばしている。娘さんの悲痛な表情は、恐らく見ていないか、関心が行っていない。
ロケーションと使用レンズを見て、彼女が撮りたいと思ってる画はだいたい想像がついた。でも、だけどさ・・・娘さん、全身で嫌がってますけど・・・!
他人がどうこう言うことではないので、黙ってその場を後にしたのだけれど、娘ちゃんの行く末がとても心配になってしまったのは事実。
「これが嫌!」
「これはしたくない!」
という確固たる自我感情が芽生えるのが、2歳から3歳までの第一次反抗期(イヤイヤ期)。
それを抑圧された子どもというのは、例外なくその後の人生で生きづらさを抱えてしまう。
「嫌」を主張しても、認められない・・・だったら、親の言う通りに生きた方が自分は傷つかなくて済むという学習をする子どももいれば、家では叶えられない欲求を、幼稚園や学校で他の子どもに対して歪んだ自己愛を通して発散しようとする子もいる。
お母さんがSNSで「いいね」を貰う数に反比例して、子どもたちの自分自身に対する自己肯定感の「いいね」の数は目減りしていく。そのことに、あのお母さんカメラマンは気づいていただろうか?
もちろん、撮影が好きだと言う子には、親子のコミュニケーションの材料にもなる撮影はどんどんやったら良いと思う。人前での表現力も見に着くだろうし、親子の信頼関係も増すと思う。
ただ、子どもの特性を見極めてあげることも、大切なのではないか?と思った出来事でした。
きょうも最後までお読みくださりありがとうございました。
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写真家・認定心理士,産業カウンセラー
さとうみゆき
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