わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

考えるな感じろ・・・とは言うけれど

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 それがいつの頃からなのか、明確には分からないのですが、昨今「考える」よりも「感じる」ことの方に価値があるという風潮が強いように思います。

 

「Don't think! Feel!」

 

かの有名なセリフもそうなのですが、書籍などの「考える」を求められるツールよりも、SNSメディアによる「わたしはいま、こう感じている」を表現するツールが全盛期であることからも、それは推察されます。

 

 

 いま、カウンセリング論の学びの最中なのですが、テキストの中にこんな件がありました。

 

 

共感するとは、相手と全く同じになってしまうことでもなければ、自分の感じや考えを相手に混入させることでもなく、違った立場の人間が相手の立場に立って感じ、考えてみようとすることである。それは非常に難しいことである。
カウンセラーになりたいという人の中には、自分は相手のことがよくわかるとか、相手の身になって共感することができると自負している人がいるが、実は共感ではなく、同感・同情に基づく場合であることがほとんどである。また、他者の問題を客観的に見て、善し悪しを判断してあげることができるので、カウンセラーに適していると思う人もいるが、その人は同情は同感はしないであろうが、共感もできず、自分の考えや感じをいつも混ぜ合わせて相手のことを受け取っている可能性も高い。

 

 

この部分に触れた時、いままで曖昧でもやもやしていた、カウンセリングにおけるカウンセラーの「共感的態度」というものがようやくクリアになった気がしたのでした。

 

つまり、カウンセリングにおける「共感」と言うのは、あたかも目の前のクライエントと同じ立場に立たされた自分がいるとして、だとしたら、そこからどう「考える」のかの経験プロセス全般を指すのだということ。要は、「考える」というプロセス無しには、「共感」は成立しないということなのです。そして、相手の「考える」プロセスを理解することで、クライエントの物事への反応パターンや認知の歪みにも気づくことができるということ。確かに、これは非常に難しいです。

 

 

いま、山ほどのレポートや論文と格闘中の日々ですが、これも結局は、「考える」プロセスの訓練なのかも・・・。そう思って、頑張ります。

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき