わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

学びの秋

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 このところ、来年からの進路に関わってくるであろう内容の濃い講座や講義を連続して受講しているせいか、脳内での知識の解体や統合作業が大忙しです。

 

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

 

www.asahiculture.jp

 

 それぞれの講座から受け取った感想や気づきを書き残したいと思いつつ、膨大過ぎて言語化が追いつかないので、きれいにまとめようとせずに、意識に上って来たことを覚え書きとして断片的に記すことにしました。

 

 

 先ず、津田真人先生の『ポリヴェーガル理論を読む、1日講座』ですが、著書で独学していた時には理解に苦しんだ部分が、直に話を聴けたことでようやくブレイクスルーに向かった気がしています。短絡的な感想でアレですが、身体の、脳の仕組みに、こんなにも感動できた講座は今までありませんでした。言葉にするのにまだ若干抵抗があるのですが、「身体というのが、生まれてから今日まで、こんなにも自分を愛してくれていた存在だった」ことを、言葉遊びや、感情論ではなく、科学的に、理論的に理解できたのでした。そもそも人間というのが、例外なく”そのように”創られている”ことに感動したのです。わたしの中にずっと巣食っていた「自分は誰からも愛されていない」という、根源的な凍結していた孤独感が、コトリと音を立てて溶解したような心地でした。

 

 

 

 いま、10月に開催される、こちらの講座に参加すべく、更なるテキストの読み込みをしています。(友人のSさんからご案内いただきました。感謝です。)

mindset.tokyo.jp

 

 

 

 

 

 わたしは心理学の領域の中でも「生理心理学」とか「精神心理学」が特に苦手で・・・。脳の部位とか、出力方向とか、ホルモンの名前とか経路とか、末梢神経系の働きが、覚えようにもなかなか頭に入って来ず、苦労しました。今もそれはあらかた変わらないのですが、ポリヴェーカル理論って”そこ”がど真ん中なんです。^^;でも不思議なもので、教科書の中だけで理解しようとしていた時にはまったく腑に落ちなかった内容が、今は立体的に自分事として頭に入ってきています。面白いと感じられるようになりつつあります。

 

 

 大学に入学したての頃、領域の必修科目の中には、「正直、これ知らなくても、心理カウンセリングを行うのに支障とかないんじゃない?」と感じるものが多々ありました。もっと言えば、入学しておいて何ですが、「知識があることと、カウンセリングが上手くいくかどうかは別問題じゃない?」と。じゃあ、公的資格のあるカウンセラーと、そうでないカウンセラーとの違いって何なの?それを確かめることも、大学に入学した理由の1つでした。

 

 

 おぼろげながら、いま、少しずつそれが分かってきました。

 

 

 初回面接(インテーク面接)において、カウンセラーは先入観を外し、まったくのニュートラルな状態で、クライエントと向き合って話を一心に傾聴します。この時、専門家がしているのは、自分が持っている知識、論理、思い込みを一旦脇において、真っさらにします。(以前のわたしのような)専門知識のまだないカウンセラーも、それまでに学び、知り得た情報を真っさらにしてクライエントと向き合うのですが、その「量」は専門家の比ではないでしょう。実はこの時、「まっさら」と言う点では、両者は同じ状態なのです。

 

 では、どこで何が違ってくるのか?と言えば、カウンセリングが初期~中期~終盤と、進行していくときです。相手が「愛着障害」を持ったクライエントなら、どこかで必ず、転移(陽性・陰性)が起きてきます。愛着の否認が起きた際に、この間まで、「先生が居てくれてわたしは本当に助かってます」と微笑んでくれていた人が、急に、「あなたなんて、人間として最低!あなたに相談なんてするんじゃなかった!」と掌返しをしてくるわけです。愛着の知識がないカウンセラーは、「なんか、ヤバい人と関わってしまったみたい・・ひょっとしてこの人、サイコパスじゃないかしら?これ以上のカウンセリングはお断りしよう・・」と、自らカウンセリングを終結してしまったりします。でも、専門家の場合は、「ようやくここまで来れた。ここからだね。さあ、一緒に頑張ろう!」という対応に切り替えるのです。また、専門家同士が連携している場合には、愛着の問題で自分のところに来たクライエントさんの話を聴いた上で、必要とあらば、以前の担当のカウンセラーにクライエントを戻す対応をすることもあるそうです。脳機能障害のある方を、いち早く専門家に繋ぐことも大切な見立てとなってきます。心の問題を聴く仕事だけれど、身体の生理機能についても一通り知っておかなければ、結局最後に苦労をするのはクライエントということになります。

 

 

 この2年、学べば学ぶほど、「今、自分が介入しても良い」範囲が分かってきたように思います。そして、その「範囲」は現段階では予想以上に狭いということも・・・。そこに愕然としているのですが、それもまた現実です。人の心と関わるというのは、それほどに責任を伴う仕事だということ。職業倫理に関する領域も含めて、まだまだ勉強の必要性を感じています。

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき