この人生で、自分がすべきことは何なのだろう?
もっとスピリチュアルな表現を借りれば、何をするために、生まれて来たんだろう?
なんて問いに取り憑かれることが、私たちには多かれ少なかれあると思います。
そして、その「問い」の「答え」を生きているように見える人を羨ましく思ったり、憧れたりします。
私もそうでした。
せっかく生まれてきたんだもの。この人生で自分が生きている意味を見出したい。このために自分がこの世に存在したんだ!って言う確かな感触が欲しい。そうでなければ、生まれた意味がないし、このままじゃ死ぬに死ねない!みたいな。
その欲望に突き動かされて、いろいろやってきたのだと思う。
とは言え、「これだったのか!」という実感はまるでつかめず、ある時期は、それを他人から教えてもらいたい・・なんて思って、霊視だとか所謂、目に見えない世界が分かる・・みたいな人を頼ってみたこともありました。
でも、たとえすごい霊力のある人から「あなたの今生での目的は●●です!」と告げられ、その場では、「そうか~!そうなのかも知れない!」って思ったとしても、心のど真ん中から、「はい、分かりました!」とは、うん・・ならなかった、な。
50年と少し生きてきて、最近ようやくです・・・。
「あ、もしかして、そういうことだったのかな?」と思える、
視点みたいなものがぼんやりと育ってきたのは。
未だに、この世で何をするために生まれてきたのか?なんて分からないし、思い出せたりもしないけれど、ひとつだけ言えるのは、
他のコトよりも明らかに、それに出逢うまでに、関わってくれた人が多い事柄があるってこと。
例えば私であれば、写真。
写真に関しては、元々父が精密機械が大好きで、カメラも小さな頃から手を伸ばせば届くところに必ずあったことや、叔父がカメラメーカーで働いていて、親戚も殆どがカメラメーカーの人だったり。
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高校時代の修学旅行では、何故かカメラ係になったことで、カメラマンだった人とご縁が出来たり。
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アメリカへ渡米したことで、本格的に写真を始め、帰国後には、セレクトショップで撮影の仕事を始めることになったり。とにかく、どこにいようと、どこに暮らそうと、カメラを手にして写真を撮ることになっていく・・・という流れが常にあったんですよね。気づいたら、そのまま、この歳まで生きてきちゃった。
もう一つ、俳句は、もともと祖母が歌をやっていたので、見よう見まねで最初に触れたのは短歌の方だったんだけど・・・。私の言葉の世界を、最初に面白がってくれたのは、小学校の担任の先生だった。この先生と出逢えたからこそ、言葉の世界を好きになることができた。
俳句に関しては、最初に就職した職場にいらした生き字引のような70歳の参与のHさんが、始業開始の15分前の時間に、彼が詠んだ俳句の中で好きな句に「〇」をしてと頼まれ、よく分からないなりに、感覚で判断して「〇」をつける・・と言うのを2年ほどやっていたことがありました。当時は句を味わう・・なんてことは出来ず、「これも、仕事の内だわ!」と事務的にしていた記憶があります。彼がお亡くなりになった後に知ったことですが、彼は故中曾根康弘元総理の俳句の指導をされていたこともある俳句の先生でした。当時はまさかその後の人生で俳句をするようになるだなんて思ってもみませんでした。
その後、わたしと俳句を本格的に出逢わせてくれたのは、同じ市内に住むAさんでした。
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丁度、先代のベルを看取って絶望していた私の心を俳句が救ってくれました。その時の経験が、「花拾い句会」へと繋がっていくのですから、不思議なものです。
こんな風に、半世紀生きたことで、相対的ではありますが、明らかに、他の物事よりも、あたかも「そこにどう転んでもたどり着く」ように人間関係や出逢いが配置されていることってあるように思うのです。
「何をするために生まれてきたのか」は、正直未だに分からないです。
でも、こうして振り返ってみると、何となく、「そういうことだったの?」と自分が歩んだ道から教えてもらえることって、あるような気がしています。
誰かに「あなたの生きている意味は〇〇です!」と言われるより、曖昧かも知れませんが、心の中は月日を追うごとに霧が晴れて、どんどん清んで来ているような気がしています。
分からないことは、分からないままでも良いんじゃないかな?とも思います。
きょうも最後までお読みくださりありがとうございました。
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写真家・認定心理士,産業カウンセラー
さとうみゆき
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