わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

実家から東京に戻りました

Sony FE 135mm F1.8 GM

 父の介護のために帰省をしていましたが、東京に戻りました。インスタではさらっとご報告するにとどめましたが、こちらでは、自分の気持ちの整理も兼ねて詳しく書きたいと思います。

 

 
 
 
 
 
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A post shared by さとうみゆき (@miu___sato)

 

 

 

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 5月半ば、ホルモン療法が以前ほど効かなくなった父に新薬の投与が始まったものの、期待していた改善が見られず、それどころか、吐き気や足の痺れに見舞われ、食事が全く出来なくなったために、6月の半ばに再入院となったことは、以前に書きました。

 

 

 退院のお許しが出たのは、再入院からちょうど一月後。病院食を食べられるようになったから自宅でも大丈夫でしょうとの医師の見立てでしたが、これがとんでもない父の嘘っぱちでした。なんと、本当は食事が出来ていないのに、”出来ていた”ことに見せていたのです。その嘘がバレるまでに、時間はそうかかりませんでした。母や私が、「お父さん、嘘ついてたの?!」と責めると、「もう入院は嫌だ。ひとりぽっちは嫌だ。いじめるな!みんなと一緒にいたいんだ。」と言って、子どものように泣きわめいてしまうのです。

 

 こうなるともう手に負えません。かといって、食べても吐く、匂いが鼻について吐く・・・という状態では必要なカロリーが摂取できないので、退院してからは日増しに体重は減るばかり。まさにゆっくりと自分を殺めていくような状況に、母が精神的に耐えられなくなったために、今回私が急遽帰省することになったのでした。

 

 

 実家に帰省して、実際に目にした終末期介護の現場は、聞きしに勝る壮絶さでした。食事時、小さな小鉢に、卵豆腐や、リンゴのすりおろしといった、消化に良さそうなものが並んでいるのですが、父がそれらを片っ端から「こんなもの要らない!」と手で避けていくのです。それでも母は諦めずに、器を父の目の前に並べます。するとおもむろに父が「うえーーー。うえーーー。」と嘔吐きはじめるのです。母が嘔吐物を受けるバケツをテーブルの脇から取り出して父の前にあてがいます。「もういい。要らない。」そう言い残して父はベッドへと戻ってしまうのです。この件が食事時、決まり事のように繰り返されるのでした。

 

 「お母さん、ごはん食べる気になれなくて・・」と母が零していた意味がようやく体験として理解できました。とてもじゃないですが、この環境で美味しく食べるのは不可能です。

 

 

 帰省した初日、父の状況をできるだけ冷静に観察した結果、「安心」と「安全」の内、父に今必要なのは「安心」の方だと判断しました。入院後に断った新薬の副作用も残っているとは思いますが、それより何より「死」への恐怖に圧倒されているのがよく分かりました。

 

 

 昨年、大学ではグリーフケアとターミナルケアについて重点的に学んできましたが、「死」の受容の段階と言うものを思い出しました。父は、自分がまもなく「死ぬ」運命にあることを、まったく受け入れられていないのです。それどころか、怖くて、怖くて、たまらない。そもそも「死」を恐れない人間など稀だと思いますが、とりわけ父は、精神的に未熟なまま大人になってしまったのだと、こうなってみて、ようやく理解できたのでした。

 

 

 わたしは、とにかく父が「ひとりになりたい」と望む時間以外は、父を「ひとりにしない」ことを意識して過ごしました。ベッドの脇に張り付いて、冗談を言って笑ったり、足裏を揉んだり、一緒にテレビを見るなどして過ごしたのです。そして、今まで本当によく頑張ったねと、父の治療への取り組みをほめたたえました。すると、昨日、ようやく小鉢2つ分のおかずを食べることが出来ました。やはり食べられなかったのは、精神的な要因の方が大きかったのです。

 

 

 介護をする母のケアも大切です。ひとりの時間を大切にしてもいいこと。父が食べる・食べないで一喜一憂しなくていいこと。もし、何か大変な事態が起きても、それは決して母の責任ではないことを伝えました。

 

 

 正直、このままでは父が次の冬を越せるとは思えません。大きな病院に入院して、放射線治療を行う選択肢もあるにはありますが、父はもうそれを望んでいない気がしました。となると、在宅介護による終末期(ターミナル)ケアに突入していくのですが、そのための問題はまだまだ山積みです。

 

 

 訪問介護など、行政のサービスも十分に利用できる環境があるとは言え、やはり介護と言うのは想像を超える負荷を当事者家族にもたらします。この先、どうすることが父にとって納得の最期となるのか・・・。答えはその時にならないと出ないのでしょう。

 

 またいつ実家に帰省することになるか分かりませんが、一旦東京に戻ったので、束の間でも写真を撮ったり、友人と会うなどして、充電したいなと思っています。

 

 

 

☆きょうも最後までお読みくださり
ありがとうございました^^

 

 

写真家・認定心理士,産業カウンセラー
さとうみゆき

 

 

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