わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

今年2度目の句会

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 昨日は今年2度目の句会でした。前回は初参加だったのと、「俳句」そのものへの理解が不十分だったこともあって、箸にも棒にも・・・と言った感じでしたが、今回は、提出した句をすべて選句いただけたのが嬉しかったです。

 

 

 俳句を詠んでいて何が楽しいって、仕上げまでのひとつひとつのプロセスのどこをとっても愛しいのです。まず「季語」の奥深さ。たった2音から5音ほどの言葉が、こんなにも微妙で曖昧な季節感やそこに重なる感情を詠(うた)っているなんて!歳時記をうっかりめくり始めるとつい時間を忘れてしまいます。また、俳句では、溢れでた激しい感情をそのまま言葉にすると言うよりは、一旦、自分でそれをもう一度引き受けて、吟味して、「本当は、どこに一番心が動かされたの?」「その時感じていた気持ちって?」と、客観的な”クールダウン”が必要になります。そのうえで、「それを表現するために最もしっくりくる言葉は何?」と自分に問うていくのです。そこがジャストフィットした時は本当に気持ちが良いですし、1ミリでもズレるとなんとなくモヤモヤする。そんな時は、再度推敲して言葉を探っていく。その飽くなきトライアンドエラー、それが俳句です。「完成」と言う状態はきっとなくて苦しいのだけれど、その瞬間の自分に一番正直であれる言葉を見つけてゆく。そして句会では、逃げず、ごまかさず、正直さに向き合った自分自身をまるごと参加者と交わし合うわけです。想いと想いがシンクロして分かり合えた時の歓びは言葉にはなりません。もちろん、分かり合えない時もあるけれど、真剣に言葉と向き合った時間を讃え合うと言う気持ちが場のベースにありますから、そこでちゃんと繋がってる。誰一人”感覚の孤独”に陥ることはない。これ、わたしが今までずっと求めてきたことなんですよね・・・。そして、写真を通してできたらいいなと思って挑戦してきたことでした。そんな場を作れたらいいなあ・・って。わたしの力不足で、できませんでしたけど。いま、仕事に関しては、いろいろ財務上の整理等しようと思って動き出したところで、でもそこに後悔はなくて、「自分、本当によくやったね!」な爽快感の方が強いかな。

 

 

 2月もあと5日。春本番はもうすぐそこですね。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

 

母が父と逢えるようになりました

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 県内のコロナ感染者数が落ち着いてきたと言うことで、昨日から個室に入院している患者のみ、配偶者と面会ができるようになりました。ただし、面会時間は週に1回、5分まで。面会者はマスクを二重にし、さらに病院指定のフェイスシールドを着用と言う厳重規則つきです。そんな状況ですから、県外に暮らす家族はまだまだとても面会には行けなさそうです。

 

 

 早速久しぶりに父に会いに行った母に、「どうだった?お父さん、お母さんに逢えて嬉しそうだった?」と訊くと、「もう、いやになっちゃった。」となんだか浮かない返事。理由を聞くと、納得でした。当然ですが、父は母の来院をとてもとても楽しみに、心待ちにしていたようでした。そこに嘘はありません。ただ、5分と言う制限時間は、父のたまりにたまっていた「感情」を一直線に「歓び」にまで昇華するには短かすぎたのです。開口一番、父が母に放ったのは、「もう、帰っていい。帰れ。」と言う言葉でした。それを聞いた時、わたしは切なくて泣きそうになりました。父は、どれだけ母に会いたかったか、どれだけ毎日ひとりで寂しく心細かったか。その想いが集約されたのが、「もう、帰っていい。帰れ。」なのです。でも、母にだって母の想いがあって、言い分があって、父の気持ちを慮ろうとするけれど、素直に承服する余裕がその時はなかったのでしょう。そのやるせない思いを、延々わたしにぶちまけました。そして、言いつくし、落ち着いたのを見計らって電話を終えました。

 

 

 「週に1回、5分なんてかえって欲求不満が残る。もう行きたくない。」と母は零しましたが、きっとそれでも今週も行くのでしょう。父も、「帰れ、もう帰れ」と口では言いながら、「顔が見たい、気持ちを吐き出したい」と思っているはずです。そして、いま、わたしたち子どもに出来るのは、目の前の「親」と言うよりは、互いの歴史を積み重ねてきたこの「夫婦」の底力を信じて、気持ちに寄り添いながら、話を聴きながら、支えること・・そう思っています。

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

初夏のような2月

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 現在、夜の7時半を回っていますが、背後の窓全開で、心地の良い微風に包まれながらこのブログを更新しています。きょうは1日、まるで初夏のような陽気でした。半袖Tシャツで歩いている方を見かけた時にはさすがに驚きましたが、なるほどこれでは2月であることを忘れてしまいそうです。

 

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 午前中、久しぶりに檜原村を訪れました。払沢の滝までのんびりお散歩。

 

 

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 翠の水色がとてもきれいでした。昔好きだった陶芸作家さんが好んで使っていた”織部”の色合いを思い出しました。

 

 

 

 普段はデジタル一眼レフ(Nikon D850)で撮影しています。でも今日は、思うところあって、以前よく使っていたフィルムカメラで撮影をしました。(この記事に使っているのはスマホで撮影した写真です)そもそもわたしはフィルムカメラから写真の世界に入りました。コスト等を考えると近年ではどうしてもデジタル優先になってしまいましたが。

 

 

 当たり前ですが、フィルムカメラと言うのは、現像するまでは仕上がりを確認することができません。デジタルカメラでは、一度シャッターを切ってみて、そこから設定の調整が可能ですが、フィルムではやり直しがききません。すべて一発勝負です。

 

 

 でもきょうは、あまり深く考えずに、きままに、思ったままに、シャッターを切ることを自分に許そうと思いました。失敗しててもいいじゃない。何も写ってなかったとしてもいいじゃない。ただ「気になる」「あれ?なんだろう?」そんなアンテナのまま、それをフィルムと言う確かな媒体に焼き付けてゆく時間・・・ああ、なんて贅沢なのでしょうか!その割には、気持ちがむやみに昂ることはなく、むしろニュートラルなまま、1本フィルムを撮り終えました。

 

 

 デジタル撮影の場合、すぐに画を見返すことが出来てしまうからでしょうか・・・。良い画が撮れたのを確認すると、妙に興奮しちゃうんですね。「あー、きょうはこれで満足!」って、どこか自己完結して燃え尽きてしまう。つまり、その画に良い意味でも悪い意味でも引っ張られたり、とらわれてしまうんです。逆にフィルムだとそれがなくて、最後まで淡々としている。たとえばフィルムが終わって巻き上げレバーが動かなくなった時に、自分の心が「ことり」と落ち着くと言うか、納得すると言うか。

 

 

 近い内に、現像しようと思っていますが、久しぶり過ぎて、きっと失敗作だらけのような気がします。でも、それこそがいいのかも知れません。「あれ~?これ、なんだ?」「わたし、何が撮りたかったんだろ?」みたいな感じが、いまのわたしには、すごく必要なんじゃないかな?って、そう思っています。デジタル撮影をしてきた時間の中で、失ってしまったものがある気がして・・・。これからはもっと頻繁にフィルムカメラで撮りたいと思っています。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

悩ましい大学の履修登録

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 一昨日から来年度の大学の履修登録が始まりました。3月1日までに最終決定を済ませなければいけません。これがサクサク決まるかと思いきやそうでもなくて、毎日のように「でもやっぱり、あっちはやめてこっちにしようかなあ~」とまあ、我ながらなんて優柔不断なのでしょう。今日は今日で、希望しているスクーリング日程がブッキングしている講義を発見!!(アブナイアブナイ。)悩みましたがひとつは諦めることにしました。

 

 

 今年こそは対面授業を!と期待していたのですが、残念ながら今年も大学側はほぼオンライン授業の方針のようで、どうしてあと2年早く入学しなかったのかなあ・・などと、考えても仕方のないことについつい思いを馳せてしまいます。勉強はもちろんしたかったけれど、それよりなにより、オトナになった今だからこそ持てる同級生との繋がりだとかご縁を望んでいたんですけどねえ・・・。もうこうなったら、大学での学びのゴールは”卒業”と”認定心理士”の資格取得と割り切って4年生をやり遂げようと思います。

 

 

 父が倒れ、そして入院し、2度の転院を経て以来、1か月が過ぎました。相変わらず父とはまったく逢えていませんが、家族の心の状態は随分と変化してきました。まず、実家に戻る、戻らないの一件で疎遠になってしまっていた妹と、3日前の夜、久しぶりにLINEのビデオ通話で話ができました。妹は飲食店勤務なのですが、なんと、掛け持ちしている店舗の内1軒が、コロナ禍の影響で業績不振となり3月いっぱいで閉店することになったと言うのです。「お姉ちゃん、なんかこれ、”潮時”って言われた気がしたわ・・」そう呟いた妹の表情は悲しいことに違いありませんが、どこか穏やかにも見えました。でも帰省する決心はまだできないので、本当に心から納得できるまでは、他にバイトを増やしてでも東京で頑張ると言うので、「うん、わかった。頑張れ。」とだけ伝えました。

 

 

 母もかなり肝が据わって来たと言うか、この状況に少しずつ慣れてきたのでしょう。1日置きに電話をしていますが、「もう、ひとり暮らしにも慣れてきちゃった!」などと、最近では冗談を飛ばせるようになってきました。ただ、そう思わなければやっていられないと言うのが本音だとは思うので、とにかく心に言葉がたまって濁らないようマメに連絡を取るようにはしています。(特に夕暮れ時に。)

 

 

 肝心な父ですが、放射線治療を終え、今は、ホルモン注射と日々の投薬で癌を抑えこめており、経過は良好のようです。ただそれ以上に今問題なのは、前立腺がんの肥大のために圧迫骨折してしまった脊髄の修復の方。一時は寝た切りも覚悟をした父でしたが、幸い骨はどうにか繋がり、コルセットをつけての歩行訓練が今日から始まったと母に連絡がありました。一応、日常最低限の歩行が可能になった時点で退院してもらうと病院からは言われているそうですが、その日がいつになるのかはまだ分かりません。想像を絶するハードなリハビリだそうで、看護師さん曰く、父はかなり弱気になっているとのことでした。2日置きに父にはずっと手紙を書いて出してきましたが、毎日に変えた方が良いかも知れません。とにかく退院してもらって、少しでも多く父との時間を持ちたいと思っています。その時に役に立つように、わたしは車椅子の勉強をはじめました。市の社会福祉センターに行くと、ざっとですが、教えてもらえるのです。

 

 

 父が退院したら、恐らく、実家と東京との往復の生活が始まると思います。そう考えると、大学の授業がオンラインで受けられるのは、むしろ、わたしにとっては、ありがたいことかも知れません。心理学実験実習2と、申請に必要な領域の科目をあと残り8単位さえ取れれば、卒業と認定心理士資格は叶いそう。(3年次に詰め込みでも頑張って良かった!)なんだか『事件は大学の講義ではなく現場で起きているんだ!』って感じですが、いつかすべてが糧になると信じて進みます。

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

それはお金のブロックなどではなく・・

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 好きなことを仕事にしたはずなのに、好きなことでお金を頂けるようになったのに、なんだか以前ほどその好きなことをしていても、楽しくないし充実感がない気がする。と言うかむしろ苦痛さえ感じてしまう。ひょっとしたら、そもそも本当は好きじゃなかったのかな?!でもどうしよう、仕事としてやっていかないといけないし、今更やめるわけにもいかないし・・・。

 

 

 これ、「好きを仕事に」だとか、「趣味で食べていく」を掲げ、フリーランスとして独立したばかりの方の”あるある話"ではないでしょうか?かく言うわたしも、この悩ましいジレンマに陥っていたもののひとりです。で、わたしはどうしたのか?今になって思うと、それが間違いのはじまりであったと思うのですが、女性起業家向けの、ビジネスコンサルを受けたのです。写真は好き。そこは間違いないと思っていました。ではそもそも何が問題なのか?わたしは自分の仕事の回し方、つまり、営業力や宣伝・集客の方法に何か落ち度や問題があるのではないかと考えたのでした。

 

 

 ビジネスコンサルタントと呼ばれる人たちのゴールは、何と言っても「クライアントの利益」ですから、当たり前ですが、ブログの書き方に始まって、サービスのクロージングの方法や、価格設定の仕方など金銭面に絡んだ指導が4か月もの間、延々と続きました。さらに、比較的低額な単発メニューの他、コストパフォーマンスが良い高額メニューを作るよう提案があり、こちらもそれなりの金額をコンサルに支払っているので、どうにか形にはしてみたのですが、出来上がったメニューを見るにつけ、わたしの心はコンサルを受ける以前にも増して、重く淀んでいくような気がしました。そんな時に、コンサルタントの方から言われたのは、「お金を受け取ることへのブロックがあるんじゃない?」と言う言葉でした。結局、4か月のコンサル期間満了後、継続はせず、以降ビジネスコンサルの類にはわたしはお世話になったことはありません。きっとこれからもないと思います。

 

 

 

 ところで、この「お金のブロック」と言うフレーズですが、時を経てなお、未だにあちこちで散見されています。「お金のブロックを外しませんか?」「お金のブロックから解放されて成功しましょう!」などなど、あげれば切りがないのですが、まあ、言いたいことはどれも似たり寄ったりだと考えてよいと思います。

 

 

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

 

 先日書いたこちらの記事にも通じるのですが、この「お金のブロック」についても、長年その正体を思索し見極めたいと思っていました。そして、この件についても、上記の記事の中で触れた、「内発的動機」は「外的報酬」によって減少すると言うデシの理論で説明ができたのです。この理論こそ心理学ではアンダーマイニング効果と呼ばれているものです。(詳細はこちらのサイト様の記事を引用させていただきます。)

 

 

psycho-lo.com

 

 

 「趣味を仕事にしてはいけない」

 

こんなフレーズを聞いたことがあると思います。わたしはこのフレーズを「ただ楽しいだけだった趣味を仕事にしたら責任を伴うし、辛いことが多いからやめときな!」と言う先人たちの教訓程度に受け止めていました。それも間違いではないと思います。これをアンダーマイニング効果をベースに説明するとこうなります。

”ただやりたい”と言う「純粋動機」でそれまでやってきた「趣味」は、そこに「お金」と言う外的報酬が与えられることによって、ひょっとしたらその「純粋動機」が失われる可能性がありますよ。

 

 

 わたしの場合も、最初の内こそお金を頂くことで嬉しかった時期もありましたが、次第に心に靄がかかるようになっていったのは、「お金のブロック」とやらが原因ではなく、自分の「好きだから撮る」「楽しいから撮る」と言った内発的動機が外的報酬にとって代わっていくことへの拒絶感だったり、違和感だったのではないかと考えられます。

 

 

 ではその時、どうしていたら良かったのでしょうか?今のわたしだったら、自分の「純粋動機」をどう守り、純化し、保ってゆくか、「内発的動機」と「外発的動機」のバランスをどう取るかの工夫をしてゆくのが1つ、もしくは、すっぱりと「好きを仕事にする」は、辞めてしまうかも知れません。これは実際にわたしが「純粋動機」を保つために試してきたことですが、ある一定量のボランティア撮影をしたりしましたし、ひとりきりでふらっと目的も何もない撮影会をしたこともありました。自分が心からサポートしたいと思える人以外とは仕事をしないと決めるのもひとつの手です。常に意識して「純粋動機」の見直しと再設定を行うのです。最近は割合と各動機のバランスが取れているとは思います。ただそれでもなんだか息が詰まりそうになることもあるので、その時は、完全に受注を止めたりもしました。(ここ1年くらいは大学の勉強もあったり、コロナだったりで、はからずもそのような状態ですが。)

 

 

 もしあなたが「好きを仕事」にして、仕事(商売)として続けていくことがなぜか辛くなった時は、こんな風に考えてみてください。

  

「わたしはそれをするのが本当に好きなんだな」って。純粋にそれが好きであればあるほど、お金という外的報酬に置き換わってしまうことに心が暴れているのかも知れません。そしてその時、間違っても「それってお金のブロックよ!はずしましょう!」とやみくもに煽って来る方にはついてゆかないことです。高額メニューを作ったり、オファーを出せるようになることが「お金のブロック」がなくなったと言うことでは、決してありません。また、元手がないにも関わらず、高額なお金を支払えるようになることが、「お金のブロック」が外れることでもありません。内省すべきは「お金のブロック」ではなく、「内発的動機(純粋動機)づけ」と「外発的動機づけ」のバランスの見直しだと、どうか、覚えておいてください。

 

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

自分にとっての”鍵語”をみつけたい

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宇宙の奥に暗闇があり、
その前方に光が射す時、
青という色が生まれる。
天に涯(はて)しない青空があり、
その下に海が深い青を
たたえてひろがる。
それらはいずれも
手にとらえることのできない
ティンクトゥーラ(透きとおった色)であり、
闇と光の領域にあって
色になりつつある光である。
 
 
志村ふくみ
『語りかける花』より

 

 

 

語りかける花 (ちくま文庫)

語りかける花 (ちくま文庫)

 

 

 

 何度も読み返しては、瞼を閉じる・・・もう、ずっとその繰り返し。
暗室でことばをそっと掌で掬って印画紙に焼き付けて額に入れて飾っておきたい。わたしにとり、志村ふくみさんをおいてそんな衝動を感じさせてくれた文筆家は、いまだかつて居りませんでした。

 

 

色を奏でる (ちくま文庫)

色を奏でる (ちくま文庫)

 

 

 

 一番初めに手に取った志村先生の著書は、『色を奏でる』でしたが、この本は、わたしの「色」に対するそれまでの考え方をガラリと変えてしまいました。どう変わったのかと言うと、この世にあふれている「色」と言う「色」は、赤だとか青だとか、名称としては独立はしているけれど、空間の中で、「ここから先は赤」「この先は、青」みたいに断絶はしていないんだと言う発見でした。むしろ、どこもかしこもひと続きなのです。この気づきにより、フォーカスアプローチが根本的に変わりました。たとえカメラと言う機械がいかに正確に色と色を区別し、捉えようと、色の境界が滲まず明瞭に存在している世界の方が不自然な世界に映るようになってしまったのです。この先、「色」について書かれたどんな本も、志村先生が捉えている色の本質には迫れないだろうと思いました。もっと言えば、他のどの色を語る本も、突き詰めてゆけば、志村先生がおっしゃっていることに行き着くような気がしたのです。

 

 

 

 何かひとつ、道を極めた方というのは、みなそのように見えるものなのでしょうか?染色にしろ、木工にしろ、絵にしろ、書にしろ、まったく異なるジャンルであるにも関わらず、どの方も悠久の哲学の衣ようなものにゆったりと抱かれているような趣があります。憧れはするけれど、一朝一夕ではないどころか、いくつもの人生を同時に生きてこそたどり着けたようなその境地は、わたしなど一生かけても果てなき夢のまた夢だと思われます。

 

 

 

 いま、「読むと書く」の学びを受けている若松英輔さんが、志村先生の著書について講義をされた際に、「鍵語」と言う概念についてお話くださったのですが、若松さん曰く、どの本にも必ず”鍵語”と言うものがあって、その”鍵語”こそが、その本の次の次元への扉を開ける鍵なのだそうです。そして志村先生の著書の「鍵語」は「色」だと仰っていました。そんな視点で本を読んだことがなかったので、読むことがいっそう楽しくなりました。そして、若松さんはこうも話していました。もうひとつ奥の世界へ、意味の世界へと連れて行ってくれる「鍵語」はひとりひとりにあって、違うのだよ、と。わたしにとっての人生を貫いてゆく「鍵語」って何だろう?いつか、見つかるのかな?見つかるといいな・・・。そして、もし、見つかったとしたら、その先にある別次元の意味の世界ってどんなだろう?やはりそれは書くことや撮ること、写すことを通して、ある時きっと現れてくるはずだから。その日を希望に抱いて、つたなくてもあきらめず、自分のことばを紡ぎ続けていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

なぜMLMに大切な友達を巻き込んではいけないのか

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 大学の講義の中でわたしが最初に触れた心理学実験は、エドワード・L・デシによる、「内発的動機づけ」の研究でした。どのような実験だったのかと言うと、こちらに書かれている記事が分かりやすいと思いますのでリンクを貼らせていただきます。

 

 

www.psychologytopics.info

 

 簡単にどのような実験であったのかを説明すると、普通わたしたちは、お金などの報酬を外から与えられた方が”やる気”(モチベーション)が上がると考えがちです。しかしデシはそれら外的報酬が、人が何か物事に取り組もうとするときに抱く、「やりたいから、やる!」「好きだから、やる!」「楽しいから、やりたい!」と言った純粋動機に当たる「内発的動機」を低下させることを実験で証明したのです。

 (より詳細に知りたい方はこちらの論文もお薦めです。自動でダウンロートされます。)

 

 

 デシの実験の結果を知った時、わたしは以前からずっと疑問に思っていたことの謎がひとつ解けたような気がしました。それは、「なぜMLMに友達を巻き込んではいけないのか」と言う問いでした。

 

 MLMと言うのは、マルチレベルマーケテイングのこと。ある商品を販売するのに、口コミの勧誘によって、ピラミット型の組織が形成され、上位にいる人は、下位の人が増えれば増えるほど、高収入を得られるという仕組みです。あらかじめお断りしておきますが、このビジネス様式そのものは違法ではありません。

 

 

 わたしは過去に3度、このMLM形態で販売している商品を購入していた時期がありました。いづれも当時とても深い付き合いをしていた友人たちからのご縁で知った商品でした。購入の理由は商品が気に入ったと言うただそれだけでしたから、わたしから誰かを勧誘し、自分の「下(ダウン)」に置くことはありませんでした。

 
 
 ただ、いくらその時気に入って購入した商品であっても、「もういらない」と判断したり、「他の店舗のもっと自分にあった商品に替えたい」と思うのは人として自然なことです。わたしは商品を紹介してくれた友人に特に報告することもなく、いずれの時も黙って解約届を提出してきました。ところが、明らかに、この時期を境に、それまで友好だった彼らとの関係が一転、疎遠へと向かっているのです。

 

 

 お金を払って購入しているのはわたしなのだから、解約もわたしの意思で行って良いはずです。けれど、先方からしてみたら、「せっかく良いものを紹介したのに、こちらの恩を仇にした自分勝手な人間」と言う解釈になるのでしょうか?結局、MLMでかかわりを持った3人とも、残念ながら今ではまったく連絡を取らない間柄になってしまいました。

 

 

 こうしたMLMにおける友人関係のトラブルは、あちこちで報告されていますので、世間ではMLMのイメージはどちらかと言えば「悪い」と言うのが定説です。でも、「商品が本当に素晴らしいから、大切なあなたにもぜひ紹介したいの!」とか「ここのMLMは世間で言われているのとは全然違うよ!」「そもそもMLMは違法ではないし!」「供給が少ないから、紹介という形でしか販路が持てないの!」などと真剣に説かれると、目の前の人とのこれまで積み重ねてきた信頼関係も相まって、「あなたがそこまで言うのなら・・」と気持ちが動かされてしまうのも、無理もないと思うのです。

 

 

 でも、結果として、このようにことごとく大切に思っていた友人関係が疎遠になったり、壊れていく体験を重ねていくと、やはりMLMにおいて、見過ごされている重大な何かが作用するからではないか?とわたしは考え、それをずっと見つけたいと思ってきました。それが、冒頭に書いたデシの「内発的動機」の理論です。

 

 

 例えばこうです。友人関係において、「内発的動機」に当たるものは、「その人と居るのが好きだから一緒にいる」、「その人と居るとただ心地よいから付き合う」、だとします。とくべつな理由なんて何もないけど、気づけばいつもそこに居る・・・それが本来の友人関係ではないでしょうか?けれど、そこに「外発的動機」である、「お金」と言うものが絡んでくるとします。MLMで言う、商品の売り上げのバック報酬ですね。次第に、その人が”大切な友人”から、自分に「キャッシュバック」を運んでくる存在になっていきます。するとどうなるかと言うと、デシの実験で証明されている通り、純粋動機である「その人が好きだから一緒にいる」と言う内発的動機が低下してゆく現象が生じます。目の前の人は、もはや”理由ありき”の友人へと成り下がってしまうのです。

 

 

 大切に思ってた人達との関係が疎遠になった当初、わたしは多少なりとも自分を責めました。「わたしが義理を欠いたせいかもしれないな」と。次に、彼らに怒りがこみあげてきました。「所詮、わたしのことを金づるぐらいにしか思っていなかったの?」と。ですが、デシの理論を知った時、救われる思いがしました。なぜなら、「純粋動機」と言うのは、それが強ければ強いほど、「外発的動機づけ」によって失われやすいと言われているからです。彼らがわたしと一緒にいることを快く思ってくれていたことは事実で、だからこそ、「外発的動機づけ」によって、それらが大きく失われたのだと、そう思うことにしたのです。

 

 

 いま、大切な友人からMLMの勧誘を受けて、悩んでいる方も多いかと思います。あくまで一案ですが、こんな風に、その友人に提案してみてはどうでしょうか?

 

 

 

「わたしが信頼しているあなたが、そこまで気に入って、お薦めしてくれる商品だからきっと良いものに違いないと思うの。わたしも使ってみたら気に入るかも知れない。ただ、もし購入する手続きをする際には、あなたのダウンラインでの登録ではなく、他のまったく知らない誰かのダウンラインにつけてくれないかな?心理学ではね、内発的動機は外発的動機によって減少するって言う実験結果があって証明されているの。つまりずっと友達で居たいって言う内発的動機がお金と言う外発的動機によって失われてしまうのが嫌なの。それで良ければ、購入します」と。この時点で快く了解してくれる人ならば、ただ純粋にあなたに商品を勧めたいだけという可能性が高いでしょう。もし、不満そうな顔をしたら、最初からあなたは彼らにとって「金づる」としか思われていないと考えてよいでしょう。

 

 

 また、逆も然りで、あなたがもし唯一無二の大切な友人を勧誘をする立場にいたとしたら、「もし商品を購入するときは、わたしのダウンにだけはあなたをつけないから、それだけ理解しておいてね。~~~って理由でね。」と言ってあげられるかも知れません。そうすることで「この素晴らしい商品をひとりでも多くの方に広めたいの!」と言うあなたの純粋動機は完璧に守られるでしょう。

 

 

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

他人事から人間事へ

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 散歩中、小さいけれど確かな春萌えを感じて嬉しくなりました。

 

 「お父さん、もしかしたら私たちに止めている情報があるかもしれない。どうも肝心な情報だけが降りてこない気がする・・・」

 

 

 母から妙なメールが来たのは一昨日の夜のこと。父の話では、今回の入院は約1か月間を予定していると病院側から言われたそう。それ以降は投薬と2か月に一度のホルモン注射のみでやっていく。ただ、脊髄を圧迫骨折し、未だに起きて歩くこともできず、寝たままリハビリをおこなっているような父が、果たして1か月やそこらで退院などできるのだろうか?と家族の誰もが首をひねったのは言うまでもありません。母の不信感にも一理あり、「さすがにそれはないんじゃない?」と返事をしたものの、わたしも、心の底では、どこか釈然としない感じをずっと抱き続けてきました。現主治医である病院長と父は、父が会社員時代からの(公私ともに)ねんごろな間柄。コロナ禍で、家族が医師との面談が思うようにできないのを良いことに、遺される女たちにショックを与えまいと医師に頼んで口止めをしている可能性だって完全には否定できないように思えました。

 

 

 父が退院するタイミングで、是が非でも実家に帰省しようと考えていますが、東京のコロナ感染状況も(当然のことながら)無視はできず、まだまだ足踏み状態です。病気の進行状態の正確な把握や、介護の方法のこと、その先にある介護申請のこと、不安に沈んでいる間もなく矢継ぎ早にしなければいけないことは降ってきて、頭と心がなんだかちぐはぐになりそう。

 

 

 こんな時に、本当にありがたいと感じるのは、既に介護を経験した友人たちからの生きたアドバイスです。介護をしていた当時の話を改めて聴かせてもらうと、「え?あの頃、そんなに大変な想いをしていたの?!」と、いかに自分が彼らが何気なく零していたであろう苦労や奮闘を”他人事”として眺めていたのかを思い知り、「近くに居たのに、何も気づいてあげられていなかった。労いの言葉のひとつもかけてあげられてなかった。本当にごめんなさい。」と心の中で謝りたいような、自分が情けないような気持ちでいっぱいになります。が、その一方で、いま、このブログをたまたま訪れ、記事を読んでいるあなたにとって、ここに書いてある内容がどうか”他人事”であってほしいとも願うのです。なぜなら、近しい家族が病気をしたり、看取りへと向かう道行は、どうあれ総じて辛い時間であることに違いないと思うからです。

 

 

 ”他人事”と書いて、ひとごと、と読みます。世の中にはこの”他人事”が溢れていて、”他人事”の数が多い分だけ幸せであれることだってきっとたくさんあるような気がします。そのことに善悪はないし、実際にわたしはなんだかんだ言っても、かなり幸せな日々をこれまで過ごしてこれたのだと思います。ただ、この頃、わたしにとって、この”他人事”の”他人”が”人間”と言う文字に置き換わりつつあるのを、冬が終われば春が来るのと同じくらいの確かさで感じています。

 

 

 ”人間事”と書いて、ひとごと。わたしより、一足早く、この”変換”を成し遂げた人たちに導かれ、助けられて歩む世界へと一歩踏み出したわたしは、もうかつての”他人事”の世界へは後戻りできなくなってしまいました。想いと努力次第で”何事も為せば成るはず”、いのちやたましいの世界のことでさえも・・と根拠なく信じていたかつてのあの世界へ。

 

 

 

あけがたにくる人よ

あけがたにくる人よ

  • 作者:永瀬 清子
  • 発売日: 1987/05/01
  • メディア: 単行本
 

 

 先日、永瀬清子の『あげがたにくる人よ』を読んでいた時、こんな詩を見つけました。

 

 

若さ かなしさ 

 


東京の小さい宿に私がいた時
あの人は電話をかけてきて下さった
あの人は病気で私に会いに来れないので
それで電話で話したかったのだ  

 

 

 

かわいそうにあの人はもう立てない病気
それでどんなにか私に会いたかったのだ
こんどはどうしても会えないよと
とても悲しそうに彼は云った  

 

 

 

あの人は私よりずっと年上だし
学識のあるちゃんとした物判りのいい紳士
そんなに悲しい筈はないと若い私は思っていたのだ  

 

 

 

過ぎゆく人間の悲しさを
私はまだ思いもせずに
長く長く電話で話す彼に当惑さえしていた
そして片手の鉛筆で
何か線や波形を描いていた  

 

 

 

枯れ葉のように人間は過ぎていく
その時瀕死の力をこめて私を呼んでいたのに
そして波のように私にぶつかりなぐさめられたかったのに
「人間ってそんなものよ」「病気ってそんなものよ」 

 

 

私はああ、恐ろしいほどのつめたさ
若さ、思いやりのなさ
そそり立つ岩さながら  

 

 

私を遠くからいつもみつめていたそのさびしい瞳に
それきりおお 私は二度と会うことはなかったのだ 

 

 

 

 

 

”他人事”の世界で、あらゆることを分かったふうに居丈高に振る舞ってきた自分をそこにまざまざと見たようで、背筋が寒く、凍りつきそうでした。

 

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき