わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

SNSアプリをスマホから削除してみて気づいたこと

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 年末から年始と、現在も、スマホからSNSのアプリを削除して過ごしています。(そうしようと思った経緯は以下の記事に書いています。)

 

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

 今後もfacebookに関しては、パソコンからのみのアクセスを継続しようと思っていますが、同時期にお休みしていたインスタを、そろそろ再開しようかなあ・・とアプリを立ち上げてみたものの、なんだか以前ほどアプリを開くことが楽しみではなくなっている自分がいて、ちょっとびっくりしています。で、結局、新年に入ってからまだ何も投稿していません。^^;ことTwitterに至っては、もう辞めようかな?と考えているほどです。

 

 SNSをお休みしたのは、たったの7日間ですが、その間、いろいろ想うところがありました。マヌーシュ・ゾモロディの『退屈すれば脳はひらめく』を前もって読んでいたからかも知れませんが、自分がこれまでどのようにSNSと関わってきたのか、その時どんな気持ちを抱いていたのかを、客観的に分析することができました。

 

 

 

 

 習慣って恐ろしいですね。アプリを削除してからの2~3日は、相変わらずスマホを手にしては、「あ、そうだった。いま、アプリ無いんだった!」という虚しい反復行動を繰り返していました。それが4日目くらいになった頃だったでしょうか。「アプリがないのだから、もう見なくてもいいんだ。」という不思議な安堵感へと変化していったのです。アプリを削除したのは外でもない自分自身であるのに、まるでSNSを見なくてもいい”大義名分”をやっと手に入れたみたいな・・。それは妙に堂々と晴れ晴れした気分なのでした。ところが、5日目になると、今度はまったく違った感情が湧き上がってきました。それは、「わたしは誰からも必要とされていないんじゃないか?」「わたしが居なくなっても誰も困らないんじゃないか?」「こちらが反応をしなければ、その内、誰からも反応されなくなってしまうんじゃないか?」といった分離不安でした。(わたしは愛着スタイルに傷があるため猶更かも知れませんが)この心理状態が一番しんどかった。でも、この心理状態については、そもそも、SNSというものが、脳内から分泌される報酬物質への依存を利用して作られたアプリだという知識を前もって本から得ていたので、「そうか、これが、”報酬麻薬”が切れてきて、禁断症状を呈している脳の発作なのだな」と自己受容し、「そのような反応をするよう、今まで習慣づけられていたのだから、仕方がないよね。むしろ、この焦燥感は正常、正常!」とやり過ごすことができました。その状態を過ぎた頃から、徐々にですが脳内がとても凪いできて、必要な時だけ、スマホを手にするようになってきました。その時に、ふと思ったのです。「そっか、スマホ(smart phone)って、そもそも電話、”ツール”だったんだよな。」と。(笑)

 

 

  この「そもそもスマホってツールだったんだよな!」と言う感覚は、思いのほか私に大きな気づきをもたらしてくれました。世の中にある「ツール=道具」と言うのは、人が必要である時に、必要十分なだけ使うことで初めて、その存在は意味を成します。ところが、これまでの私とスマホの関り方はどうでしょう?どちらかと言うと、「わたしが」というよりは、「スマホ」がわたしを必要とするタイミングばかりで、関わっては来なかったでしょうか?それが、

 

「わたしは誰からも必要とされていないんじゃないか?」「わたしが居なくなっても誰も困らないんじゃないか?」「こちらが反応をしなければ、その内、誰からも反応されなくなってしまうんじゃないか?」

 

といった心理状態へとわたしを置いていたのです。スマホは道具ではなく、いつしか「自分がどれだけ世の中から必要とされているか」、「重要だと思われているか」を測るバロメーターとなっていたのです。そう、スマホにとって「わたし」の方が「道具」となっていたのでした。そしてSNSというものは、そういった人間の脳の仕組みを熟知し、絶えず報酬欲求を維持・加速させることで、成り立っている世界でもあるのです。わたしがアプリ削除の4日目に感じたあの不思議な安堵感は、「もう反応しなくてもいい=道具という立場から解放された」安堵感だったのではないでしょうか。

 

 

 実は、この「安堵感」に包まれたことで、思いがけないアイデアが、本当に思いがけないタイミングで閃くという体験を度々得ています。以前はその「閃き」の内容ですら、すぐに、どこでもいいから、誰かに報告しなければ!みたいな切迫感に襲われていました。でも今は、その閃きを、自分の内側に留めおける、心の耐性、筋肉?みたいなものがうっすらとではありますが、発動するようになっています。

 

 

 自分がスマホというツールの道具になっているか?それともちゃんと道具として使えているのかは、しばらくスマホと距離を置くことで必ず見えてきます。近い将来、インスタの投稿を再開する予定でいますが、きっと過去のどの時よりも、上手に付き合っていける・・・そんな気がしています。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

写真を眺めてほっと一息^^  

 

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