わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

守りたいもの

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年パス(年間パスポート)を持つほど
気に入っている撮影スポットの期限が、
11月で切れてしまうことに今朝ふと気づき、
ベルのことは見ているから大丈夫」と
背中を押してくれた夫に感謝しつつ、
現地で今年初めてとなる撮影を楽しんできました。
1時間半ほどの滞在でしたが、
かなりリフレッシュできました。

 

 

施設の入り口にほど近い場所で、
わたしが萩の花を撮っていると、
3歳くらいの女の子が、
わたしの方に向かって
遠方から走って来るのが
ファインダーを覗いていない
右眼の端にチラと映りました。

女の子に遅れて、
後を追うように若いご夫婦が合流。
すると萩の花を指さしながら、
お母さんがこう言ったのです。

 

「この”スイートピー”きれいね~!」

 

それを聞いた女の子が、

 

「すいーとぴい、きれえーーだねーー。」
「すいーとぴい、かあーいいーーねーー。」

 

と、復唱するように応えます。

 

わたしは、心の中で、

(これは、萩の花なんですけどー^^;)

 

とツッコミながらも、
黙々と写真を撮り続けていました。

 

ところが、お母さん、
”スイートピー”とは言っては見たものの、
実のところ花の名前に自信がなかったのでしょう。
隣に居たご主人に、小さな声でこう尋ねました。

 

「ねえねえ、スイートピーってさ、こんなに
花小さかったっけ?
こんなに木みたいに繁ってたっけ?」

 


尋ねられたお父さんの方はお父さんで、

 

「えー、たぶん、こんなじゃなかったか~?」

 

と生返事。

 

 

お母さんがご主人に疑問を呈している間も、
写真を撮っているわたしの腰のあたりからは、
女の子の、

 

「すいーとぴい、きれえーーだねーー。」
「すいーとぴい、かあーいいーーねーー。」

 

と言う、”い”の音程がまちまちで可愛らしい声が
繰り返し、繰り返し、聞こえていました。

 

 

(さて、萩は撮り終えたし次はどこへいこうかな?)



そう思ってその場を立ち去ろうとしたときです。
件のお母さんが、「あの、すみません・・」と
わたしに話しかけてくるではありませんか。


 

「あの~この花、スイートピーであってます?」

 

女の子は相変わらず、


 

「すいーとぴい、きれえーーだねえーー。」
「すいーとぴい、かあーいいーーねーー。」

 

を飽きもせず、
繰り返し復唱しています。

 


その時、なぜかわたしの口からこぼれたのは、


「ごめんなさい。
私も花の名前に詳しくなくて・・
分からないんですよ~。」

 

と、言う返事でした。

 

 

「それは、萩と言う花ですよ」

 

 

と、正直に答える選択肢だって
もちろんありました。
でも、女の子の声を聴いていたら、
それはしたくないと、無性に思ったのです。


親御さんによっては、
その場その場で間違いを正して、
正確な知識を教えていきたいと
思われる方もいらっしゃるのかも知れません。

 

 

ただ、私にはこの女の子から
「スイートピー」を奪いたくない、
「スイートピー」と言う言葉との出逢いを
全力で守りたい・・
そう強烈に感じられたのでした。

 

 

この年齢の子供にとって、
「言葉」との出逢いと言うのは、
何か「意味」的な、「認知」的な出逢いと言うよりは、
音等をはじめとした「語感」としての
出逢いである場合の方が多いのではないでしょうか?

 
(私も昔”エリンギ”と言う言葉を初めて知った時、
ただ呟くことがどうしようもなく楽しくて、
何度も、何度も、口を動かしていたことを覚えています。)

 

「ハギかわいいね」と言い直させることが
彼女にとって、
どれほどの意味を持つものなのか?
私には正直、分からなかったのです。

 

 

いつか彼女も、自分の力で
「萩」と「スイートピー」を
見分けられる日がくるでしょう。
母親に対して、
「お母さんがあの時間違えて教えた!」
などと抗議する可能性はおそらく限りなく低い。

 

 

遠い記憶の彼方、
たったひとつの「花」の名と
出逢った日の楽しい家族との思い出が、
大人になった彼女の人生を
強く支えてくれるものでありますように。
あの好奇心でいっぱいの声を聴いていたら、
そう願わずにはいられませんでした。


 

  

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^

 

さとうみゆき