わたし歩記-あるき-

心理カウンセラーでもある写真家のブログです

ただ「居る」のが辛いという感覚への理解

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 何か自分自身にとって不具合が起きていることは分かっている。でも、その何かを人に言語化して説明としようとしても、どうしても上手くいかない。それでも意を決して専門家に相談しようと予約を入れてみたけれど、面談当日、椅子に座ったその瞬間でさえ、自分の状態をどう説明して良いか分からずに、全く論点が逸れたことを話してしまい、かえって未消化のままカウンセリングルームを後にする・・・。本当に言いたかったのは、分かってもらいたかったのは、そんなことじゃなかったのに・・。

 

 愛着に傷つきを持っている方の中には、このような場面が多いのではないかなあと推察します。わたし自身も、何度か経験をしていますが、どうしてなのか、その理由について、愛着についてきちんと学ぶまでは分かりませんでした。今は分かります。自分が何を辛いと感じていたのか。それは・・・

 

「ただ、そこに居ることが辛い」

 

ということ。

 

 愛着に傷つきのある人というのは、「存在」を無条件に受け入れてもらえた経験が少ないため、”自分”という根源的な「存在感」が希薄です。変な話、「生きる」辛さというのは、ある意味とっくに振り切っていて味わえません。なぜなら、あまりの辛さに身体から抜け出して(乖離して)過ごす術を身に着けてしまっていますので、自分がいま、「生きている」か「死んでいる」かの実態が乏しいからです。ただ、実際問題は「生きて」いますので、自分で唯一事実として把握できている「存在していること」そのものが辛いとなるのです。

 

 

「ただ、”居る”ことが辛いのです」

 

 

と、本当は話を切り出したいのですが、この文脈をその問題が生じた背景まで汲み取って理解してくれる専門家は、正直あまりにも少ない。理解されない経験を積み重ねていくため、最後には、誰にも相談しなくなります。そして、物わかりの良い笑顔の仮面をかぶって過ごしている愛着障害の方というのは、意外と多いはずです。

 

 

 わたし自身は、概念を学んだことで自らの悩みの正体に気づくことができ、トレーニングのプロセスに入ることができました。同じ辛さを抱えている方には、先ず、あなたの根源的な辛さに気づくこと。そして、それを話せそうな専門家が身近にいる方は、その人を頼ってみてくださいね。

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

 

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