わたし歩記-あるき-

あなたの未完了の物語を身体アプローチと対話で再編集する心理カウンセラー のブログです

朝ドラ『風、薫る』でフユさんの放った台詞が深かった

 

 今朝のNHKの朝ドラ『風、薫る』で、猫背 椿さん演じる看病婦のフユさんが、りんに向かって軽く放った言葉が深かった・・・。

 

「この仕事はね、家事だと思っていないと、間違えるわよ」

 

もう、ほんと一瞬だったんですけど、で、さらに台詞を言った後の、椿さんの表情がまた良くて!

 

この台詞が刺さった医師、看護師、心理士、ソーシャルワーカー、セラピスト、少なくなかったのではないでしょうか?

 

 

こうした仕事は、専門性をもって人を支援する仕事です。そして、その営みが誰かの力になったとき、「ありがとう」という言葉をいただくことが多々ある現場でもあります。

 

その純粋な喜びに惹かれて、これらの支援職を目指す人も多いと思います。

かつての私もそうでした。

 

人の役に立てて、感謝されて、それで生計を立てていける。

なんて素敵な仕事なのだろう、と。

 

でも、そのこと自体が生きがいになりすぎると、確かに間違えてしまうことがあります。

 

自分には人を救う力がある。

自分には人を変える力がある。

そんな自分には感謝されるだけの価値がある。

 

そんな思いが少しずつ膨らみ、気づかないうちに万能感へと変わっていく。

しかも厄介なのは、自分ではそれに気づけないことです。

 

むしろ「私は謙虚です」と思いながら、知らず知らずのうちに偽りの聖人の仮面をかぶってしまうことさえある。怖いよね・・。そんな風にして、闇落ちしていった人を、私は何人も見てきました。

 

だからこそ、フユさんの言葉は深いのだと思います。

 

「この仕事はね、家事だと思っていないと、間違えるわよ」

 

ここでいう「家事」とは、専門性がいらないという意味ではないと思う。

 

 

日々の暮らしを支える、ごく当たり前の営み。

誰かが安心して生きていくために必要な、地続きの仕事。

そういう意味なのだと思います。

 

 

一生をかけて、必要な専門性を学んでいくという覚悟の元、それらを日常に当たり前に落とし込むということ。

 

人を救うとか、変えるのではなく、先ずは、その人の明日の暮らしや人生を支えること。

特別なことをしているのではなく、当たり前を当たり前にし続けられること。

 

その感覚を忘れたとき、支援する側は簡単に自分の道を見失うのかもしれません。

 

だから私も、ときどき立ち止まって確認しています。

カウンセラーという仕事もまた、暮らしの延長線上にある営みなのだと。

 

今日の、フユさんのひと言は、そんな原点を思い出させてくれる言葉でした。