
明日は満月だそうで、ほんのちょっぴり春の気配を抱いた月を、眠る前に眺めるのが、最近の日課になっています。
「月が綺麗ですね」
そんな言葉を口にしたり、SNSに綴ったりするとき、私たちはとても無邪気な喜びの中にいます。実際、美しいものを美しいと分かち合いたいという気持ちは、とても尊いものだと思います。
けれど、私の心にはずっと大切にしている、ある文筆家の方の教えがあります。
その人はこんな風に仰っていました。
「もし月が綺麗だと叫んだり、誰かに共感を求めたりするときでも、そこにもしかしたら目が見えない人がいるかもしれない、ということを念頭に置くだけで、あなたの発する言葉の重みは全く違ってくる」
その言葉に触れたとき、私は自分の「無邪気さ」の残酷さにハッとさせられたのです。
誰にでも、当たり前に月が見えているわけではない。
同じように、誰もが今、自分と同じような幸福感の中にいるわけではない。
そう気づいたとき、無邪気さというものは、時に残酷な「暴力」になり得るのだと学びました。
一対一の濃密な関係性の中で、もし相手が深い悲しみや困難の淵にいるときに、自分の幸せを無防備に手渡してしまったら・・それは相手に「良かったね」という言葉や、自分の行動への同意を、無理やり強いてしまうことになるかもしれません。
特にこれは、優しい人に対してほど、気を付けないといけない。優しい人を、何度も無邪気に傷つけてきた過去の失敗があるからこそ、切実に感じていることです。
人はそれぞれ、自分のペースで生きています。 自分の「良かったこと」を、誰もが同じ熱量で受け取れるわけではない。だからこそ、人間関係にはその時々に適した「距離の測り方」が必要なのだと思うのです。
だから私は、自分に起きた嬉しい出来事を発信するときは、少しだけ慎重になります。 家族やごく数人の親友以外には、SNSやブログのように、受け取り手が自分のタイミングで、見たいときにだけ触れられる「濃度の薄まる場所」で、さらりと置くようにしています。
たまたま目にした人が、その人の心に余裕があるときにだけ、ふっと微笑んでくれる。秘密にするわけでも、目の前に突きつけるわけでもない・・・。真水と海水がまぜこぜになったみたいな曖昧な場所に。
年齢を重ねてきた今、気づけば、周りには同じような気遣いのできる友人が増えました。ありがたいことだなと思っています。
きょうも最後までお読みくださりありがとうございました。
あなたの未完了の物語を身体アプローチと対話で再編集する心理カウンセラー
・愛着の傷 / 生きづらさ / 発達凸凹
・身体アプローチ × パーツセラピー × 原始反射統合
・心の安心基地をつくっています
日本心理学会認定心理士 / 療育整体師
さとうみゆき
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心のもやもやは、大きくなる前に話して、ケアしていきましょう^^
hanahiroinoniwa.hatenablog.com
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