わたし歩記-あるき-

心理カウンセラーでもある写真家のブログです

妹が東京から引っ越すことになりました

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 「もう入院はしたくない、家で死にたい」と、抗がん剤をやめ、自宅での緩和ケアに入った父ですが、抗がん剤の副作用が収まってきたのか、少しずつ食事がとれるようになってきました。そのせいか、60㎏を切りかけていた体重が少し増えて、不安定だった精神状態もだいぶ落ち着いてきました。人間の”生きる基本”って、食事なんだな~と、つくづく感じます。

 

 

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 8月の始め、東京を引き払って地元に戻ってこいと執拗に父から迫られていた妹でしたが、お盆過ぎ、最終的に実家へ戻ることを決めました。苦しい決断だったに違いありません。これまでしてきた人生設計をすべて変えることですから。それでも、職場に退職願を出し、引っ越しの見積もりを取り、不用品の処分を始めた妹の顔は、どこか腹が座ったと言うか、すっきりしたようにも見えます。”迷う”ってものすごくエネルギーを使うことですからね。そこから解放された一過性の安堵感かもしれませんが、もう決めてしまったことなので、わたしはそれを全力で応援するだけ。ただ、仕事に関しては、なるべく早く(1歳でも若い内に)次の職場を見つけるアクションを起こした方が良いよとは言いました。

 

 

 妹が実家に戻ることを決めてくれたので、父はいま、不自然なほどご機嫌です。まるでガンであることが嘘のように、リハビリに精を出すようになり、LINEをしても終始ニコニコしているのです。その様子を見た、私と妹は、正直複雑な思いです。元気で居てくれることは嬉しいけれど、ほんの少しでも、妹が東京を離れる決断をしたことへの感謝や気遣いはあるのだろうか?と。そして、残念なことに、それが感じられないがゆえに、娘二人は、その元気を心から喜べないのですが・・。

 

 

 近くに住んでいた妹がいなくなってしまうことは、実はわたしにとっても寂しいことです。彼女とは事情があってわたしが高2、彼女が中2の時から離れ離れで暮らしていました。それから約20年を経て、再び近くに暮らせるようになり、姉妹としての時間を取り戻せたような気持ちだったのですが・・・・。彼女が傍に居てくれたことで、わたし自身、どれだけ救われ、助けられたことか・・・。家族の中で、唯一「家族」だと感じられた存在が居たおかげで、わたしもどうにかやってこれた部分が大きかったのです。

 

 引っ越しは9月の中頃に決まりました。それまでせめて、東京での思い出になるようなことをしていきたいなと思っています。

 

 

 

☆きょうも最後までお読みくださり
ありがとうございました^^

 

 

写真家・認定心理士,産業カウンセラー
さとうみゆき

 

 

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