わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

妹と私

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 この連休は、隣市に住んでいる妹が泊りに来ていました。いや~、しゃべった、しゃべった。(笑)こんなに話すことがあったのか?!と思うくらい、話したし、笑ったし、泣いたし、昨日玄関で「バイバイ」する時には、若干喉が枯れ気味だったほどでした。

 

 わたしと妹は、家庭の事情で同じ屋根の下で一緒に暮らしたのは、わたしが16歳、妹が13歳の時まで。その後、約20年の時を経て同じ東京に暮らし始めてからは、共に暮らせなかった時間を取り戻すかのように、月に一度は泊りで会っているような状態です。

 

 

 どんなに親しい友人にも「話せないこと」ってありますが、妹には、頭に浮かんだままのこと、その時感じたままのことをそのまんま、安心して口に出せる。それは向こうも同じだと思いますが、妹がいなかったら、たぶんわたしは、どこかの段階でこの世から消えていたんじゃないかなあ・・と思うほど、唯一無二の存在です。

 

 わたしと妹の間には、だいぶ前に結んだ、「枕元に立たない協定」というのがあります。これは、どちらかが先に亡くなったとしても、「枕元には立たない」ようにしようという約束です。(笑)単純に、ふたりとも怖がりなのです。^^;その代わり、先に逝った方が、全力で遺った方の人生を視えない存在となって応援する!今際の時には、必ず迎えにいく!という約束をしています。まあ、生きている今もしていることですが、肉体がなくなったら、きっともっとやり易くなるかもね?なんて冗談めかして笑っています。

 

 妹と話していると、「ネガテイブ」な感情というのは決して忌み嫌うものではなく、それ自体をいかに安全に放出できるかが、メンタル回復の鍵なのだなといつも思います。これは、「何があっても修復できる」という完全なる安心・安全な人間関係において、初めて成り立つこと。だからこそ、カウンセリングの場でも、カウンセラーとクライエントの信頼関係が肝だと言われている意味もそこにあります。

 

 

 特に愛着障害を持っている人の場合は、カウンセラーに対してさえ、「嫌われたくない」だとか「気に入られなくちゃ」、「成果を見せなくちゃ」と頑張ってしまう方がほとんど。人間関係において「何があっても修復できる」経験が極端に少ないからなのですが、ここまでの人間関係を築くまでに、「陰性転移」や「愛着の否認」といって、せっかく築きかけた良好な人間関係を破壊してしまうことが多く、さらに臆病になってしまうのです。その傷を与えるのがカウンセラーだなんて、あってはならないですし、言語道断なのです。ゆえに、この「陰性転移」と「愛着の否認」から来る関係の難局を乗り切る術と胆力を持ったカウンセラーであれば、わたしは国家資格の有無は、もはや関係ないのではないか?とさえ思っています。そして、この部分のトレーニングをちゃんと積んでいるのがプロのカウンセラーであることも、否定はできないのですが。

 

 

 「何があっても修復できる人間関係」は宝物です。それが当たり前に育った人にとっては、もはや空気のような存在かも知れませんが、そういう人を得られずに、大変な想いをしている方は多いのです。誰もが得られる関係ではありません。どうかその人を大切にしてくださいね。

 

 

 

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きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

 

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