わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

本と本と本と

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角川武蔵野ミュージアム

 

 昨日は密かにずっと行ってみたいと思っていた、東所沢にある”角川武蔵野ミュージアム”に行ってきました。コロナ禍の真っ只中に完成したこの場所は、開館当初から予約制で来場者を制限していたこともあり、自分が行きたい!と思うタイミングと、先方が来場をOKしてくれるタイミングがなかなか合わず、気づけば1年が経過していたというわけです。

 

 わたしのお目当てはこちら、4Fの本棚劇場でした。

 

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 4Fから5Fまで吹き抜けになったフロアーの壁一面には、足元の高さから天井に至るまで、様々な年代の文学全集等がびっしりと敷き詰められています。本好きな方にとっては、一度は憧れたことがある夢の景観ではないでしょうか?

 

 

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 なんと、この本棚の壁。スクリーンの役目も果たします。20分に1回、プロジェクションマッピングが上映され、火や水、風、木漏れ日、植物の再生といったテーマが映し出されます。平日月曜の、しかも朝一で訪れたせいか、たまたまその場に居たのがわたしだけだったため、贅沢にもひとりでショーを鑑賞してしまいました^^;。

 

 

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 見学しながら面白いことに気づきました。普通、これだけの本が並んでいるのですから、自分の好きな作家の全集等を見つけるなど、容易なことではないと思います。ですが、不思議なもので、”目が合う”。呼び止められる・・という表現の方が近いのかも知れません。こちらが血眼で探すわけでもなく、本の側から、「こんにちは」と肩を叩かれるようなことが何度もありました。なるほど、本とは実に不思議な生き物です。

 

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 ただね、こうも思いました。ここに置かれている本たちは、「読まれる」ために存在しているのではなく、やはり「見られる」ために存在している本たちなのだなあ・・と。喩えるなら、野山で飛び回っている鳥ではなく、はく製を見るような気分になったとでもいうか。心の中で思わず、「ここに居て幸せ?」と本に問いかけてしまう自分がいました。

 

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 本棚劇場の外には、自由に本を閲覧できるスペースがあり、そこでしばらく過ごしました。写真集のコーナー、無造作に積まれた大きな塊(なぜか全部SMの写真集だった)の中に、谷川俊太郎さんの『写真』を発見。他の写真集が崩れないよう、注意深く救出。手のひらに収まるほどに小さなそれに、「ねえ、息苦しくなかった?」と声をかけ、しばらくページを繰りました。本は息を吹き返したように、今日話すべき言葉を、わたしにしんしんと語り始めました。声をきけて良かった・・と思いました。

 

 

 

 

 

 そうこうしている内に、家に残してきた読みかけの小説の続きが、気になって、気になって、仕方がなくなってきました。「帰ろう」と呟いて、足早にミュージアムを後にしました。

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

 

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