わたし歩記-あるき-

心と向き合う写真家の学びの記録*

ひと区切り

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 昨日は丸1日、精神科医 高橋和巳先生の“見立て8型”上級講座、最終日でした。1年間に渡る学びでしたが、参加できて本当に良かったと思っています。何より、参加している専門分野の先生方の事例をなぞりながら、当事者でもある私自身が、私の唯一無二のカウンセラーとなり得たこと。そして、大学での2年間の学びを、単なるテキストの中の知識の詰め込みとして終わるのではなく、しっかり現場の事例と関連づけて理解を促す場を持てたこと。私にとり、これらは今後の未来を支える、本当に確かな財産となりました。

 

 実は、(詳細は割愛しますが)ある時期を境に、カウンセリングやセラピー、カウンセラー、セラピスト、癒し、エネルギーワーク、自己啓発云々・・・まあ、一般的にそう言った類の場や人に一種の”アレルギー”のようなものを感じるようになっていました。わたし自身、これらはとても好きな世界でしたし、支えてもらったことも多々ありました。現在も、それを生業としている大切な友人も多くいます。にも関わらず、それらと意識して距離を取りたいと思うようになってしまったのは、そういった場と人で決定的に心が折れる経験があったからでした。わたしが好み、見つめて来た世界は、こんなにも支配的で利己的で痛々しい世界だったんだろうか?わたしは知りたかったことを、それまでとは全く異なるフィールド、切り口、入り口から学び始めました。これまでとは違い、出来るだけ、科学的に、客観的に、感覚や思い込みよりも、事実や数値(データ)に基づくようにして。誰にとっても可視化できる”公平な条件”が開かれている”学問という場”で。そして学びを請う対象も、SNSの評判や人気、ブログのフォロワー数が多いか少ないかではなく、社会的バックグラウンドの確かな人物を選びました。”極から極へふれる”なんて言いますが、この2年間は、まさにそれでした。

 

 高橋先生の講座では、毎回実際の事例の逐語録などを読み合わせ、カウンセリングの終結までをフォローする時間があったのですが、それを何度も繰り返すうちに、数年前は、カウンセリングの「傾聴」なんて、お金をドブに捨てるようなもの、カウンセラーのカモになって依存させられて、課金し続ける愚かな行為・・ぐらいに思っていた自分の気持ちがどんどん変化していきました。正しく「傾聴」されることって、ものすごい変容を人にもたらすことが実際に可能なのです。逆に、それがなかったら、人は癒されないし、変容なんて絶対に起こらないのです。ただ、この正しく「傾聴」されるを理解し、実践してくださっているセラピストがどれだけいるかは分かりません。わたしなど、マンツーマンのカウンセリングではなく、あの場で講座を1年間受け続けただけだったのに、自分の声を自分でしっかりと聴けるようになったのでしょうね・・・。「だから私はこの私になったんだ」という人生の謎解きが出来、今はかなりすっきりしています。その結果として、この日の記事のような心境に至ったのだとも思っています。そして、カウンセラーやカウンセリングに対して持ってしまっていたネガティブなイメージも払拭されていきました。クライアントの回復を心から願って日々時間を惜しんでスキルを研鑽されているカウンセラーさんがこんなにもいるのだと分かったからです。

 

 

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

 

 先日、日本心理学会の審査が通り、無事に認定心理士として認可してもらうことができました。

 

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 ひと区切りついたなあ・・という感じがしています。
この先の話をしたいのですが、長くなりましたので、いったん筆をおきます。

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき

 

 

写真を眺めてほっと一息^^  

 

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