わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

「助けて」って言えていますか?の問いに対して思うこと

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 自立とは親以外の人にちゃんと依存できるようになること。甘えられるようになることだと、先日の副島先生のワークショップで学びました。

 

「助けてって言っていいんだよ?」
「助けてって言えていますか?」

 

この問いかけにも、愛着の問題を抱えている人は、フリーズしてしまうことが多いのではないでしょうか?理由をいくつかあげてみると、

 


①そもそも、誰に助けを求めていいのかが分からない。
②苦しいことは自覚しているけど、何を助けて欲しいのかがもはや言語化できない。
③自分は助けてもらう価値がないと思っている。
④助けを求めること=弱みを見せること=相手に支配される恐怖という心の認知。

 

などがあげられると思います。

 

 

助けを求められない理由が①だけの場合は、4つの中では比較的スムースに解決に向かうような気がします。援助者が運よく見つかった後は「~~で困っています。助けてください」と言うだけです。でも、愛着障害の方の抱えている最大の矛盾は、人との親密な協働調整・一致を切望しながらも、人と深く関わることに”恐怖”を抱えているということなんですね。

 

②の「何を助けて欲しいのかがもはや言語化できない」は、愛着障害の方の悩みの際たるもので、専門家に頼りたくても、「とにかく、苦しいんです」「生きるのが辛いんです」「助けてください」では、カウンセリングが成立しないんじゃないか?カウンセラーをイライラさせるだけなんじゃないか?等と自分を責め、結局、自分で抱え込んでしまう。ここでひとつ申し上げておきたいのは、狭義のカウンセラーというのは、愛着障害をかかえた方たちのそういった苦しさがどこから生じているのかを、ちゃんと理解し、学んできていますので、イライラはしないはずです。ましてや、「話を進めるためにしっかり気持ちを言語化してください!」なんてまくし立てたりもしませんので、安心してくださいね。もし、そんなカウンセラーに当たった時には、すぐに関りをやめてください。

 

 

④助けを求めること=弱みを見せること=相手に支配される恐怖という心の認知。

 

 

これも、多いかも知れません。残念ながら「心」を扱う仕事をされているすべての方が、「安全・安心」であるとは言い切れない現実があります。出逢ったその日に強い共感を得る体験をしてしまうと、愛着障害の方は相手のことを「理想化」しがちです。「この人こそ、わたしが長らく待ち望んだ理解者!」となってしまうんですね。そして、どうなっていくかと言うと、養育者に対して行ってきたことを見事に再現していきます。セラピストやカウンセラーの喜ぶような振る舞いをするようになっていきます。仮にセラピストが、「この食品、身体にとってもいいんですよ!」と誘ってきたとして、それがマルチ商法であったとしても、躊躇なく購入してしまったり、「今度は、こんなセミナーするんですよ。〇〇さんにも良いと思うんだけど。」と促せば、二つ返事で「はい、参加します!」と応える。お金の支払いが苦しくなってきたところで、「わたし、利用されていたんだ!」と気づく頃にはもう遅く、またひとつ、愛着の傷が増えただけ。そして、ますます、人に「助け」を求めた自分を責め、本当に必要な時に人を頼れなくなる・・といった具合です。

 

 

ここまで読みながら、「あ、これ自分のことが書いてあるみたい」とお感じになった方もいらっしゃるかも知れませんね・・・。ひょっとしたら、苦しくなって、ページを閉じようとしている方もいらしたりして・・・。こうして淡々と書いているわたしでさえ、以前はこれを嫌って程、繰り返していましたからね。^^;ある意味、こうして書けるようになったってことは、やっと自分を俯瞰して観ることが出来るようになったってことかも知れません。

 

 

「助けて」って、言えなくても、モヤモヤしたままでもね、いいですよ。^^
変な話、「私も”助けて”がなかなか言えなくて・・」ってそのまんまの吐露でもいいです。「なんだか苦しいけど、理由がよくわからなくて」とかでも。少しでも楽になるのなら、わたしで良かったら聞きますので。じっくり、吟味して、考えてからのお返事になるので、すぐには返せないかも知れませんが、下のメールフォームからお便りしてみてください。もちろん無料です。(*^^*)

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき