わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

今朝のおかえりモネの菜津さんの言葉とトラウマ環状島モデル

f:id:miyuki_sato:20210910102101j:plain

 

 NHKの朝ドラ『おかえりモネ』、(私も含め^^;)ヒロインと医師の昭和な純愛模様にただいまヒートアップの方も多いとは思いますが、人間心理を思索し、しっかり描写して、現時点でのアンサーの種を示してくれる・・そんなストーリー構成に、毎回唸りながら観ています。

 

 名場面は多々あれど、今朝の菜津さんとの一場面には深く響くものがありました。

 

 

www.nhk.or.jp

 

 

 朝の気象番組をスタジオで担当していたモネの同僚の神野マリアンナ莉子が、ある日突然、メイン司会を同僚の内田衛に取って代わられたことで生じた、各人の心の動きが今週の主題でした。なぜ自分が下ろされたのか?その理由を模索する内で、莉子は「自分には絶対にこれをやりたい!これを伝えたい!」という専門分野が無いことに気づきます。そして、その理由を「いままで、そこそこ幸せ(Happy)に生きて来てしまった自分」に帰属します。モネの下宿先のロビーで、莉子は「いつか地元に貢献したい」というひたむきな信念を持っているモネに、「こんな風に言ってごめんなさい」と前置きをしながら、こう告げます。

 

 

「やっぱり、傷ついた経験がある人は強い」

 

 

 モネは、どう答えて良いか、複雑な表情を浮かべて逡巡するのですが、そこに思わぬ人が、不意に声を挙げます。声の主は下宿を切り盛りしている井上菜津でした。

 

 

 菜津は幼馴染でかつて同じ美大へ通っていた(慕っているであろう)宇田川という男性を下宿先に住まわせ、見守りながら過ごしています。彼は就職後、社会生活で何らかの心の傷を負い、今は部屋に引きこもって誰とも接触せずに、生活をしています。

 

 菜津は「傷ついた経験がある人は強い」とモネに言い放った莉子に、

 

「傷ついた人が強くなるわけじゃない。そのまま、立ち上がれなくなっている人だっているの。人は、傷つく必要なんかない。絶対に、ない。」

 

と訴えたのでした。それを聞き、「ごめんなさい。」と謝る莉子に対して、さらに、

 

「あなたがハッピーに生きてこられたのは、それはあなたの才能。そして、良い人に出逢えてこれたのは、本当に素晴らしいこと。何者かになれなくても、ただ、そこにいるだけでいいじゃない?莉子ちゃんもモネちゃんも、それだけですごいこと。でもね、そこにさえ立てない人もいるってことも、ときどき思い出してくれたらいいな・・・」

 

 

と続けるのでした。

 

 

 わたしが菜津の言葉を聴いた時、真っ先に思い浮かべたのが、精神科医、宮地尚子さんが提唱されている「トラウマ環状島モデル」でした。

 

 

 

 

 

 

環状島モデルと言うのは、下記のような図で表されます。

 

 

f:id:miyuki_sato:20210910105014p:plain

 

 

 宮地医師は、著書『トラウマ』の中で環状島モデルについて、以下のように述べています。

 

 

 島の中心には沈黙の<内海>が存在し、トラウマを語ることのできる人は、<環状島>の上にいます。断面図にすると、一番被害の重い場所が、<内海>の中心、ゼロ地点(グラウンドゼロ、爆心地でもあります)で、横軸がそこからの距離、縦軸がトラウマに関しての発信力になります。・・・・・(中略)<内海>には、トラウマについて語ることのできない犠牲者や、かろうじて生き延びたけれど声を出す余力のない人たちが沈んでいます。ドーナツ状の形をした<環状島>の<内斜面>には、生き延びた被害者うち、声をあげたり姿を見せることのできる人がいます。<外斜面>には支援者がいます。外からやってくる支援者は、ゼロ地点には近寄れません。火事の現場においても、装備をよほど整えた消防士でも火の海には飛び込めません。災害でも同様です。もちろん現場に入っていかざるをえない支援者は少なくありません。惨状を目にし、自分が被災することもあります。その場合は、支援者は<尾根>を越えて<内斜面>に入っていくことになります。一方、被害者や被災者でありつつ、支援の側にまわる人もたくさんいます。そういう人たちは、<内斜面>と<外斜面>を行ったり来たりしていることになります。どちらの側の事情もわかるという意味では発言力を持ちますが、内外双方からの<重力>や<風>に曝されやすい存在でもあります。

 

 

 菜津が長年見守り続けている、宇田川という人物は、恐らく今も<内海>の中におり、菜津は<外斜面>と<内斜面>を行き来しながら、時に、<内海>の岸辺のギリギリまで身を寄せて関わっているということになります。一方でモネは自身が被災経験を持ちながら、時間の経過と共に<内斜面>を登り、<外斜面>から差し伸べられた手をつかみ、<外斜面>へと下ってゆき、莉子のような<外海>に居る多くの人たちに、自分たちがどんな経験をし、今、何を必要としているのかを発信する立場として描かれているのでしょう。そして莉子はというと、ずっと<外海>にいた自分という現実に打ちのめされ、「わたしの強みは考えること」と本人も言っているように、ここから、どう<内海>と関わっていく自分になっていくのか?いけるのか?を、模索し始めたといったところではないでしょうか?

 

 

 実はわたし自身、昨年から今年にかけて、莉子と同じような経緯を辿ってきました。

 

hanahiroinoniwa.hatenablog.com

 

 

上の記事の中で、今日のドラマでの件と同じことが書いてあり、自分でも驚きました。

 

 

 

 大きな悲しみ、喪失、グリーフの中で、何が起きているのか・・・。そして、<外海>からは、<外斜面>を登ってみようと思わない限りは、<内海>は絶対に見えていないという現実。

 

 

 宮地先生のこの”環状島モデル”は、そのことをより立体的に考えるきっかけを、私たちに与えてくれるように思います。

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき