わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

誰もが心の病名を簡単に持てる時代

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 インターネットが普及したことで、今は誰もがオンライン上で性格特性検査を簡単に出来るようになりました。わたしも心理学なんて勉強しているくらいですから、そう言った類の検査は興味深く大好きなのでよく試していたりします。結果に関しては、「そうそう、その通り!当てはまってる!」と激しく同意するものもあれば、「いや~、そうかな~?」と首を傾げたくなるものも、間々あります。とは言え、「あなたは〇〇が得意(あるいは苦手)な〇〇タイプです」と断言・言語化されてしまうと、そこに認知の関心が行くのは人として当然で、長所にしろ、短所にしろ意識化されることで、より強化されたり、無意識だったものは、新たな性質として刷り込まれたりしてしまうこともあるのではないでしょうか?

 

 以前、中国◇千年の歴史に基づくと言われている某〇鑑定を受けたことがありました。鑑定士さんからは、わたしには「学び」の質がないので、何かを研究したり修得することは向かず徒労となりがち。一方で「商売」の質はあるのでビジネスの世界で大成功をおさめられるでしょうと言われました。勉強や何かを地味にコツコツ極めていくことが割と好きだったわたしにとって、これはショックなことでした。「そっか~。」と何とも言えない無気力感が広がったのを覚えています。方や向いていると言われた「ビジネス」はどうかと言うと、フリーランスとしては必須な資質であるため、当時は嬉しく感じ、それなら頑張ってみるか!と(今思えば)分不相応な努力をして結果疲弊してしまいました。わたしはとにかくこの「ビジネス」と言うものがほとほと苦手だと痛感しており、いずれは組織の中に就職して働きたいなと思うようになりました。

 

 まあ、何が言いたいかと言うと、自分の特性に関することで「言葉で示された内容」には、その人の認知やアイデンティティ形成に及ぼす絶大な影響力がある・・と言うことなのです。

 

 

 インターネットの無料性格診断や〇〇鑑定には「信じるも信じないもご自由に」、「診断をしたその時の心理状態にもよります」と言った覚書があるため、そもそもエンタメとして楽しんでいると言う認識の方も多いと思います。ところが情報が簡単に手に入れられるようになった分「心の疾患」、「パーソナリテイ障害」、「発達障害」に関しても同様に、当てはまる症状や特性を簡単に自己認知に取り入れてしまうケースが最近増えているのではないかなと感じます。

 

「AC(アダルトチルドレン)」や「HSP」、「自閉症」、「ADHD」は比較的最近世の中で認知されはじめた心の特性や脳機能障害を表す固有名詞です。


 わたし自身、数年前に「HSP」と言う言葉が世に出始めた頃、書籍に掲載されていた「HSP診断」なるものをしたところ、それが指し示す特徴がほぼ90%当てはまっており、「そっか~!だからわたしは~~だったんだ~!」と奇妙な自己肯定感に浸った記憶があります。ところがです。じきにわたしはこの「だからわたしは~~だったんだ~!」を過去にも体験していたことを思い出します。それは「AC(アダルトチルドレン)」のチェック判定をしたときのことでした。よくよく調べてみると両者の判断項目はほぼ一緒なのです。これは一体何故?その答えは、昨年大学に入学して心理学を学び始めてから間もなく明らかになりました。つまり「HSP」も「AC」も、その背後には「愛着の問題」と「機能不全家族」による「トラウマ・逆境体験」が存在する場合が多いのです。名称こそ違っても、その背景に流れるエピソードはごく近いと言うことなのです。今年に入って精神科医の高橋和巳先生の見立て講座を受けはじめてからは、さらにそこに脳機能障害の可能性を診る大切さも学びました。一口に「AC」や「HSP」気質をクライエント自身が訴えていても、カウンセラーはその気質をもたらした背景にある無数の可能性を傾聴して見立てなければならないのです。(このところSNSに盛んに”たった〇日であなたもHSP〇〇養成講座”等の広告が上がってきますが、愛着問題をはじめ脳の器質問題までを網羅している内容であるのか甚だ疑問です。)

 

 

 当時、自分が「HSP」である!という認知に及んだわたしは、「HSP」の数々の症状を読みながら、「確かにそうだよな~!」と思うものはより強化し、「こんな症状もHSPなんだ~」と言うものも、無意識に取り入れようとした可能性を否めません。やっと見つけた自分を表してくれる特性にすがり、自分をそこにとことん同化させ、アイデンティティを見出すことで安心したかったのかも知れません。(ちなみにHSPと言う見立ては正式な心理カウンセリングには存在しません。HSPを主たる標榜としていたり、あなたはHSPです!繊細さをむしろ誇りに大切にして生きていきましょう!などと見立てをするカウンセラーには注意が必要でしょう。早期の治療が必要なケースもあるからです。)

 

 

 「自閉症」や「ADHD」をはじめとする発達障害においても同様な傾向が散見されます。脳機能障害に関しては、DSM-ⅤやICD-11に則った見立てと、信頼性と妥当性を備えた検査の上でその判断が下されます。でも、診断特徴を読むと、一見誰にでも当てはまるような内容が並んでいるため、たまたま自分の不具合の理由を探していた人が「わたしって、もしかしたら自閉症かも!?」などと憶測してしまうのも無理はないのです。ですが、ここでも生来的な脳機能障害なのか、発達性のトラウマによる症状なのかの判断は難しく、診断には高度なカウンセリングと見立てが必要となります。数ある「パーソナリテイ障害」に関しても然りです。

 

 

 「症状」と一口に言っても、その症状に至った背景の精緻なアセスメントなしに自分で自分に「病名」を付けてしまうのは、その人の「自我同一性」を揺るがすとても危険な行為なのです。心の疾患の病名や情報が手軽に入手できるようになった今、心の世界に関心が向くようになったのは自己理解を促すためには良いことだと思います。ですが、素人判断で間違った自身のアイデンティティ確立をしないよう、私自身も気をつけていきたいですし、あなたもこのことを心のどこかに留めていただければ幸いです。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき