わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

今年2度目の句会

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 昨日は今年2度目の句会でした。前回は初参加だったのと、「俳句」そのものへの理解が不十分だったこともあって、箸にも棒にも・・・と言った感じでしたが、今回は、提出した句をすべて選句いただけたのが嬉しかったです。

 

 

 俳句を詠んでいて何が楽しいって、仕上げまでのひとつひとつのプロセスのどこをとっても愛しいのです。まず「季語」の奥深さ。たった2音から5音ほどの言葉が、こんなにも微妙で曖昧な季節感やそこに重なる感情を詠(うた)っているなんて!歳時記をうっかりめくり始めるとつい時間を忘れてしまいます。また、俳句では、溢れでた激しい感情をそのまま言葉にすると言うよりは、一旦、自分でそれをもう一度引き受けて、吟味して、「本当は、どこに一番心が動かされたの?」「その時感じていた気持ちって?」と、客観的な”クールダウン”が必要になります。そのうえで、「それを表現するために最もしっくりくる言葉は何?」と自分に問うていくのです。そこがジャストフィットした時は本当に気持ちが良いですし、1ミリでもズレるとなんとなくモヤモヤする。そんな時は、再度推敲して言葉を探っていく。その飽くなきトライアンドエラー、それが俳句です。「完成」と言う状態はきっとなくて苦しいのだけれど、その瞬間の自分に一番正直であれる言葉を見つけてゆく。そして句会では、逃げず、ごまかさず、正直さに向き合った自分自身をまるごと参加者と交わし合うわけです。想いと想いがシンクロして分かり合えた時の歓びは言葉にはなりません。もちろん、分かり合えない時もあるけれど、真剣に言葉と向き合った時間を讃え合うと言う気持ちが場のベースにありますから、そこでちゃんと繋がってる。誰一人”感覚の孤独”に陥ることはない。これ、わたしが今までずっと求めてきたことなんですよね・・・。そして、写真を通してできたらいいなと思って挑戦してきたことでした。そんな場を作れたらいいなあ・・って。わたしの力不足で、できませんでしたけど。いま、仕事に関しては、いろいろ財務上の整理等しようと思って動き出したところで、でもそこに後悔はなくて、「自分、本当によくやったね!」な爽快感の方が強いかな。

 

 

 2月もあと5日。春本番はもうすぐそこですね。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき