わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

初夏のような2月

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 現在、夜の7時半を回っていますが、背後の窓全開で、心地の良い微風に包まれながらこのブログを更新しています。きょうは1日、まるで初夏のような陽気でした。半袖Tシャツで歩いている方を見かけた時にはさすがに驚きましたが、なるほどこれでは2月であることを忘れてしまいそうです。

 

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 午前中、久しぶりに檜原村を訪れました。払沢の滝までのんびりお散歩。

 

 

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 翠の水色がとてもきれいでした。昔好きだった陶芸作家さんが好んで使っていた”織部”の色合いを思い出しました。

 

 

 

 普段はデジタル一眼レフ(Nikon D850)で撮影しています。でも今日は、思うところあって、以前よく使っていたフィルムカメラで撮影をしました。(この記事に使っているのはスマホで撮影した写真です)そもそもわたしはフィルムカメラから写真の世界に入りました。コスト等を考えると近年ではどうしてもデジタル優先になってしまいましたが。

 

 

 当たり前ですが、フィルムカメラと言うのは、現像するまでは仕上がりを確認することができません。デジタルカメラでは、一度シャッターを切ってみて、そこから設定の調整が可能ですが、フィルムではやり直しがききません。すべて一発勝負です。

 

 

 でもきょうは、あまり深く考えずに、きままに、思ったままに、シャッターを切ることを自分に許そうと思いました。失敗しててもいいじゃない。何も写ってなかったとしてもいいじゃない。ただ「気になる」「あれ?なんだろう?」そんなアンテナのまま、それをフィルムと言う確かな媒体に焼き付けてゆく時間・・・ああ、なんて贅沢なのでしょうか!その割には、気持ちがむやみに昂ることはなく、むしろニュートラルなまま、1本フィルムを撮り終えました。

 

 

 デジタル撮影の場合、すぐに画を見返すことが出来てしまうからでしょうか・・・。良い画が撮れたのを確認すると、妙に興奮しちゃうんですね。「あー、きょうはこれで満足!」って、どこか自己完結して燃え尽きてしまう。つまり、その画に良い意味でも悪い意味でも引っ張られたり、とらわれてしまうんです。逆にフィルムだとそれがなくて、最後まで淡々としている。たとえばフィルムが終わって巻き上げレバーが動かなくなった時に、自分の心が「ことり」と落ち着くと言うか、納得すると言うか。

 

 

 近い内に、現像しようと思っていますが、久しぶり過ぎて、きっと失敗作だらけのような気がします。でも、それこそがいいのかも知れません。「あれ~?これ、なんだ?」「わたし、何が撮りたかったんだろ?」みたいな感じが、いまのわたしには、すごく必要なんじゃないかな?って、そう思っています。デジタル撮影をしてきた時間の中で、失ってしまったものがある気がして・・・。これからはもっと頻繁にフィルムカメラで撮りたいと思っています。

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき