わたし歩記-あるき-

*心理士を目指す写真家の学びの記録*

揺れる

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 昨夜の地震、本当に怖かったですね。そして、揺れが長かった。夫もわたしもその瞬間はまだ起きていましたので、ただただ揺れがおさまるのを待っていました。揺れが止んで先ずしたのは、いま、家で一人で過ごしている母へメール。「大きな地震があって東京も揺れたけど、無事だよ。そっちは大丈夫?」母からはほどなく返信があり、「こちらは大丈夫。」以上。長野県中部は震度2と出ていたから、大丈夫だとは思ったけれど、こちらを心配してはいけないので。

 

 

 それにしても、身体と言うのはすごいもので、覚えているんですよね。10年前のあの日の恐怖や揺れの感覚を。なかなか寝付けないまま、何となく朝を迎えていました。

 

 

 

 

 

 そんなきょうは朝から高橋和巳先生のカウンセリングセミナー(上級コース)の初日がスタートしました。今年度、わたしは(先月からスタートしている)基本コースと並行受講をしています。

 

 

 

 昨年から単発講座を受けるなどお世話になっていますが、毎回目から鱗と言うか、これまで自分が見知っていたことが、ガラガラと崩れていくことばかりで、もう一体、この先どうなってしまうんだろう?と言うのが率直な感想です。高橋先生の講座に出逢ってからと言うもの、それまで購入していた”心理系”の書籍をほとんど手放しました。なぜなら、それまでわたしが読んできた本のほとんどが「治療」ではなく「共感」をベースに書かれていた本だったからだと思います。

 

 

 

 「共感」ベースで書かれた本と言うのは、何冊買っても、また次の本が欲しくなります。なぜなら、それらが「クライエント目線」で書かれているから。なんなら「クライエント」ご本人が書いている本も多い。”分かってもらえる感”に飢えている時には、砂漠での”水”のような役割を果たしてくれますから、命綱でもあります。でも、その”水”は飲めば飲むほど不思議と渇く。そう、渇くのです。けれど、「治療」をゴールとして書かれている本は、ある時点で「共感」のステージは超えていかなくちゃいけない。その視点から組み立てられている講座なので、長年クライエントでもあったわたしは、折に触れ、辛さを感じる場面も正直あります。

 

 

 もう何年も前から、わたし自身についての「見立て」を自分なりに作ってきました。その「見立て」が、きょうの講座の中で、ひょっとしたらぜんぶ見当違いだったのかも?!と言う場面になんと遭遇しました。ある模擬事例の見立てで、わたしは完全なる見立て違いをしてしまったのです。驚きました。ああ、これが、情報の取捨選択が出来ていない、にわか知識で、心理学ごっこをしてきただけのわたしの限界なのだなと思い知らされた瞬間でした。模擬事例の内容が、わたし自身が抱えてきた葛藤にとても似ていたのです。となると、わたしは、わたしの心に対して、ずっと間違ったアプローチをしてきたことになります。まさか!そんな!でした。もしここがブレイクスルーしたら、本当の意味でわたしの人生が再スタートするのでは?!そんな予感にいま、大きく揺れています。そして、カウンセラー(自分自身と言うカウンセラーも含めて)の見立て違いで、簡単にクライエント(自分自身と言うクライエントも)を困難事例に追い込んでしまう危険性とその責任の重さを知り、ますます心に関わる仕事への恐怖を感じたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
さとうみゆき